二口男【俺とお前】

 ある日突然、喉仏に口が開いた。


 どうやら、これは誰かの口であるらしかった。

 何やらぶつくさ言って、口を動かしている。でも、声帯は僕のもののようなので、彼(?)に声はない。

 少し呼吸がしづらかった。こんな喉、取って欲しかった。


 喉は僕が一人の時に話し出す。

 耳を澄まして見るが、彼の声は聞こえない。

 でも彼はとてもおしゃべりだった。

 僕の他にこの喉のことを知るのは、飼い猫のミミだけ。口が話している間、ミミは背を丸め、毛を逆立てて威嚇する。僕に近寄ってこない。喉の口が閉じている間に僕が抱っこすると、僕の喉仏に猫パンチを食らわせてくる。

 

 しばらくして、喉に口があるのも慣れてきた。それが普通になった。おしゃべりな彼に声帯をあげたいとすら思うようになった。


 そして、口との共同生活が始まって、何年か経った頃だった。友人とカフェに入った。


「その首、どうしたんだよ!」


 友人の声に僕は喉に手をやった。ぱっくり喉が開いてるようだ。窓ガラスに映った自分が見える。喉の口は鎖骨の上まで開いていた。

 人に見つかってしまった。見られてしまった。

 瞬間、この口が開いた時のことが鮮明に思い出された。

 この口は〝彼〟がガラスで引き裂いて開けたものだった。その彼の顔を僕は思い出すことができないけれど、彼は僕のために、この喉を開いてくれたのだ。


 するとどうだろう、喉の口は閉じた。

 僕はそれがとても寂しいと思った。

 もうあの口が誰の口なのか、僕には永遠に分からなくなってしまったからだった。

 それでも僕には声帯が残った。それを使って枯れ果てるほどに泣いた。

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