かわいいおんなのこ。【私と貴女】

 私は可愛い女の子。

 特別な、可愛い可愛い女の子。

 

「生まれ時もすごく可愛かったけど、今はもっともっとすごく可愛いなぁ。あずさは可愛いなぁ」

 お父さんの口癖。だから私、私は可愛いんだって、物心ついた頃から知ってた。

 そして、可愛いのは私だけだって思ってた。

 

 妹が生まれた時、そうじゃないって知ってしまった。だってお父さん、妹のゆりあにも同じことを言っていた。「生まれ時もすごく可愛かったけど、今はもっともっとすごく可愛いなぁ。ゆりあは可愛いなぁ」って。

 それから、実は隣の席のみきちゃんも、お父さんとお母さんから可愛いをもらってるんだって、言ってたの聞いちゃって、気がついちゃったの。

 私は特別なんかじゃないって。


 私は可愛い女の子。

 皆んなと一緒。可愛い可愛い女の子。



「あずさちゃんって可愛いから。付き合って欲しいんだけど」

 隣の席の康太くんに告白された。康太くんは遊び人っぽかったのでフってしまった。そしたら次の日には遠藤くんに告白されちゃった。遠藤くんはなんかちょっと味気ない人で、またまたその場でフってしまった。そして、次に告白してきた瀬賀くんと付き合うことになった。人気のある人じゃないけれど、誠実そうな人だった。

 次第に私は特別な可愛いをもらえるようになった。

 みんなが私に可愛いをくれたのだ。エリもミサちゃんも滝田先生も森下くんも。人から向けられる視線が私に可愛いをくれた。やっぱり私は可愛いのだと、その時に知った。


「ちょっと可愛いからって調子乗んな」

 それが瀬賀くんのお別れの一言。少し他の男の子と話したくらいで、彼は背を向けた。



 そうして暫く生きてたら、今度は綺麗と言われるようになった。


「君は解語の花のようだ」

 二周り年上の美作さんは私が尋ねてくるように少し難しい言葉を発するのが好き。言葉はちっともわからないけど、彼がいつも私より少し優位に立とうとすることはわかるの。そうしないと安心できないことも知ってる。

「人の言葉を理解する美しい花のような人だよ」

 私の足の裏か平衡感覚か三半規管だかが軋む。


 さーて。そんな彼のお別れの一言はーー。


「綺麗だけどさ、女らしくないよ。君は自分が特別だって思ってるんだろう。それは違うよ?」

 がらがらがらがら。何を見てそう思ったのかも教えてくれなかった。何が壊れたと言うのか、脳みそだか頚椎だか胸だかにあった箱の入りのものが、ばっと後ろに崩れて飛び散った。



「おねぇはさ、もっとパンクに生きるべきだよ」

 私から可愛いの座を奪ったくせに、誰からも可愛いなんて言われなくなったゆりあが私を見て笑う。ゆりあの頭はグリーンアッシュ。ピアスの渋滞。服はおしゃれ仕様に破けている。彼女はおそらく美作さんの言う〝らしさ〟には程遠い。


「振り回されるくらいならへし折っちゃえば、他人から貰う可愛いなんて。あたしはあたしの可愛いしか信じてないし、あたしの可愛いを否定する奴を許さない。誰の可愛いも否定したくない。」

 ゆりあはいつも、私から奪う。人から貰った可愛いしかない私から可愛いを奪っていく。

 そして、その言葉は私の心にぴたりとハマった。

 また貰い物だ。離れていってしまうのかもしれない。


 私は可愛い可愛い女の子。皆んなとおんなじ。瀬賀くんとも美作くんともゆりあともおんなじに、特別に平凡で、他に誰とも同じじゃない普通。



「私は可愛くなんてない」


「誰も私を愛さないかもしれなくても」


「だれの物差しもいらない」


「私を見ろ」

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