龍の食卓【俺とお前】

「東洋出版の記者の江古田と言います。現在、特殊な仕事をしている方にスポットを当てたインタビュー特集を組んでいまして。是非とも龍殺しを生業にする軽羅さんにお話を伺えないかと思いまして。ええ、そうです。天宮さんの紹介で。ええ、あ、本当ですか。では取材日は…」



「はじめまして、江古田といいます。本日はよろしくお願いします」

「応、よろしく」

 記者の江古田は、差し出された軽羅の手を取った。五十過ぎにしては筋骨隆々とした身体と、浅黒く黒く光るような肌。

 軽羅は竜の退治を生業とする協会のトップであり、伝説のドラゴンスレイヤーだった。そして、今も現役で活動している。

 二人がいるのは協会の本部兼軽羅の住居。軽羅は協会の活動内容の説明と、龍の生態などを江古田に好意的に話した。江古田はそれをメモを取りながら相槌と質問を交える。



 一通りの業務についての話を終えて、江古田は食卓に座らされた。

 食卓のテーブルの上には肉料理をメインに豪勢な食事が並べられていた。

「全部龍料理だ。遠慮はいらねぇ。それで、他に聞きたいことは?」

「へぇ。初めてです。では、そもそも、どうしてこのお仕事をはじめられたのですか?」

「あーそうだな」

 軽羅は黒酢に似た液体を煽ったあと、腕を組んで言った。

「娘はな、龍に食べられて死んだんだ」

「……。そうだったんですか」

「俺はその龍を殺して食べた。それから俺は龍を狩るようになった。今じゃ龍を狩って食べることが生き甲斐よ」

 竜の肉に向かってナイフを突き刺し、そのまま大きく口を開けると、ちぎるように食った。

 江古田は静かに問う。

「憎しみは晴れそうですか?」

 軽羅さんは惚けた顔をした後、ワハハと笑った。

「おい、俺が復讐のために殺し続けてるんと思うんか?」

「そうじゃないんですか?」

「決めつけは良くないぜ。視野が狭くなる。というかな、復讐も何も、娘を食った龍はその数日後に殺している。復讐というなら、そこで終わってる」

 軽羅は顔の前で指を組み、顔を覆った。

「確かに憎かったさ」

 軽羅の瞳が指の間から見える。

「……だがな、俺はな、龍ごと、娘を食ったんだぜ?」

 浅黒い顔に、白目に浮きでる墨で書き足したような黒い目。人を食った龍はことさら味わいが増すという。江古田には、目の前の人物がこの国に太古より存在する巨大な化け物と重なって見えた。

「 ――悪い悪い。この話は載せられないな。復讐か、いいね。大義名分だ。それを使おう」

 軽羅さんは灰皿にタバコを捻りつけて息の根を止めるように火を消した。

「記事が上がったら、掲載前に内容をメールしますんで…」

 江古田はやっとの思いでそれだけ言った。

 軽羅は頷いて応えた。

「龍は食ったことがあるか?」

「……いいえ」

 食ってみろと、言うように軽羅は皿を江古田の方に押した。江古田は緊張が伝染したフォークで、一切れを口に入れた。

「美味い……」

「そうか。よかった。だけどよ、自分が食べているのが何を食べていたかなんて認識している人間なんていないよなあ」

 ぞっとして江古田は、フォークを置いた。

「ただ、命に感謝を」

 軽羅は胸の前で手を合わせた。



 江古田は帰り際に軽羅に最後の質問をした。

「今も竜を退治するのは、最初に食べた龍の味を忘れられないからということですか?」

 疑懼に震える手を隠して、江古田は聞いた。

「龍は退治しにゃならん。人をこれ以上食わせるわけにはいかない」

 軽羅は明言はしなかった。

 それでも江古田には、今の言葉だけは嘘を言っているようには思えなかった。

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