理想の君へ【俺とお前】

「何遍も考えたが、理想なんてないな」

「悲しい人生だな」

 と、軽く返してみたはいいが、遼平は心の中で別の意味で落胆した。


 遼平は、茂樹のこういうところが嫌いだった。

 茂樹には周りに対する頓着や執着が見当たらない。

 あと、イケメンなのが気に食わない。彼女を作ることに執心しないのも気に食わない。もちろん勉強も運動もできて友達もいる。つまり総合的に気に食わない。

 高校で出会った茂樹は、遼平にとって理想だった。それから数年。その憧れは続いている。

 出会ったのはまさに運命的で、悲劇的でもあった。絶対に手に届かないものが、こんなに近くにあるなんて。

 俺はガリガリのひょろひょろで、人には好かれないし、勉強だって中くらい。茂樹と一緒にいると楽しいし、楽ではあるが、比べ始めると生まれたことを呪いたくなる。

 俺にないもの、欲しいもの、そしてそれに裏打ちされる嫌なもの。全部が茂樹の中にあった。

 茂樹も俺のことが嫌いだという。

 そんな軽口を言い合える間柄だけ、遼平は気に入っていた。


 すると、何か一人で思考して、地蔵になっていた茂樹が口を開いた。

「いや、理想、あった」

「…へぇ? 聞いてやるよ」

 遼平は澄んだ瞳で俺をみた。どきりとしたが、目は離せない。

「お前が俺を好きになる事が理想だ」

「はぁ?」

 照れなのか動揺なのか、遼平自身にも分からなかったが、熱くなった頬の熱を払うように、遼平は高速で首を横に振った。

「いっやだね」

「俺だって嫌だ」

「は? どっちなんだよ」

 遼平が脱力すると、視線だけが高いところから注がれる。ニヒルな口が淡々とした口調で言葉を紡ぐ。

「俺はお前が嫌いだよ。だから、燃える」

「誰に向けてのソレだよ。こっち見ろ」

 尻に蹴りを入れると、その硬さにも遼平は凹んだ。茂樹はノーダメージで笑っているだけだ。


 そうして、難なく、遼平に言葉をかけるのだ。


「だからまず、お前はお前を好きになれよ」

「…」


 だから、だから。こういうことを見透かしたようにいうから、大嫌いなのだ。


 遼平は茂樹の横顔をじっとみた。その視線で、茂樹は遼平の方を向く。

「お、なんだ。早速好きにでもなったか? お前をか? 俺をか?」

 このまま茂樹のペースでいてたまるか、そう思った遼平は息を吐く。そして、遼平は憎々しげに茂樹を睨んで、はっきりと口にした。


「お前がお前の事を変える前に、俺がお前のことを変えて、俺を好きにさせてやるよ」


 茂樹は視線を受けて、茂樹はパチクリと目を瞬かせる。

 そして、「応、言ったな?」と、楽しみげに笑った。

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