その家政婦、女優。【君と僕】
私の本業は家政婦である。
副業に、女優をしている。
周りはその逆だと思っていることだろう。でも、私が生涯をかけてしたいことは、家政婦業なのだ。
事務所の一角で二者面談。周りにいる事務所の人間たちは何食わぬ顔で聞き耳を立てている。
「こんなに大きな仕事を断る言い訳がそれか?」
バッサリと言ってくれたのは、私のマネージャーの黒田さん。
「本当なんです。辞めたくないの。どちらも。だから、女優を本業にはできないんです。なので、海外の長期間での撮影なんて無理です」
黒田さんは渋い顔で貧乏ゆすりをしている。カタカタと机が揺れる。
「この仕事は先方の御指名でお前に白羽の矢がだったんだぞ? この仕事で成功すればお前は一躍スターダムにのし上がれるかもしれないんだ。わかっているのか」
「そりゃ今とは違う世界が見えるとは思う」
机の上の小さな汚れが気になって、私は除菌シートを一枚取り出す。一方方向に汚れを拭う。満足して顔を上げると、黒川さんはすごく不快そうな顔をしていた。
「どちらもどうしようもなく、私の一部なの」
「だけど、お前の役目を決めるのはお前じゃない。役目は担って引き受ける、負担するものなんだよ。お前には担えるだけの才が有る。逃げられはしない」
「でも、私の人生よ。私は心の声に従う」
「お前は女優だ。女優っていうのは、誰かに求められて初めて仕事なんだ」
「そんなの、家政婦だって同じです」
「…でも、換えがきくものと、そうじゃないものがある」
「私は家政婦の仕事にもプライドを持っています。そんな言われ方は不愉快です。お得意の佐藤さんは私じゃないとダメなんだって言ってくれるわ」
「ハァ。両立しようとすれば、たどり着けない景色がある」
「両立しなければ見えない景色もあります」
貧乏ゆすりの影響で、机の湯飲みからお茶がこぼれる。
「もらった恩を目一杯返したいけれど、自分で選択できない人生は不幸だわ」
社会がより良いとするものを求められるまま、それを突き詰めた先に見えるものもある。知ってる。でも、社会的な価値観だけでは論じることができないことだってある。
「大丈夫。私からは逃げたりはしないから」
「…なんじゃそりゃ」
「辞める時は黒田さんにもちゃんと挨拶しますし」
「女優辞めさせるなんてさせないからな、そんなことしたらそれこそ、全力で止めてやる」
黒田さんはいつも本気だ。だから、私は二つの世界を見ていることができるのだ。
「私は家政婦兼女優です。家政婦として生きて、女優でも有るために。国内ならどこででも演じます。出張家政婦だって厭わない」
「結局お前、どちらも本業って思ってるんじゃ? なら家政婦もワールドワイドに!」
「乗せられませんよ〜!」
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