月夜【私と貴女】
砂丘の上、紺青の空に月が浮かんでいた。その色は我先にと目に飛び込んでくるような黄身色だった。
カナリアは、その月を壁に開いた大きな長方形の枠越しに眺めていた。かつて窓ガラスが嵌め込まれていたであろう空間には今は何もない。吹き曝しの風が廃墟の中に入ってくる。
カナリアは冷たく煤けたコンクリートの床に長い栗色の髪を広げて胎児のように寝転んでいた。夜気を吸い込むと、肺まで冷えるようだった。包まっていた自分の体よりも幾分大きな外套を肩まで引き寄せる。頬に冷たいコンクリートが当たった。
どれくらい時間が経ったのだろう。
カナリアは渦巻くような不安に襲われて目を瞑った。早く帰ってきて。そう強く願いながら、一人の女性のことを強く思い描く。長い黒髪を高い位置で一本に束ねた、緋色の外套の女性。
カナリアが寂しさに鼻を鳴らすと、女性から預かった外套から、彼女の香りがした。そして、その香りに包まれながら、手に握っていた拳銃に祈る。
早く。帰ってきて。ミリヤ。
「大丈夫よ。カナリア」
そう言って、ミリヤはカナリアの頭を撫でた。ミリヤが一人で狩りに行くというので、カナリアは外套の裾を離さない。
世界が荒廃して以後、ミリヤとカナリアはいつも一緒だった。少しの間でも離れたことはなかった。
「ダメよ、カナリア。私が今から行かなくてはならないところは魔の物が多く潜む区域。貴方を連れては行けないわ」
そう言って、ミリヤはカナリアに小型の拳銃を持たせた。カナリアの細腕でも扱えるものだ。
カナリアの目から涙が流れる。その一雫を、ミリヤは指で拭ってやる。
「カナリア、必ず帰って来るからね。待っていて」
またミリアはカナリアの頭の頂点を優しく撫でたあと、羽織っていた紅緋の外套を脱いで、カナリアに着せた。カナリアは耐えるような目で、ミリヤを見つめた。
「行ってくるわね」
踵を返した彼女の背中が遠ざかっていくほどに心臓が締め上がったが、信じて待つと決めて、最後の一つの涙を流した。
いつのまにか寝ていたらしいカナリアは、腫れた目を擦りながら目を覚ました。
まだ日は出ていないが、空は群青色に明度を上げている。
ふと、四角い窓の外に目をやる。
地平線に立ち込める朝靄の中に、待ち焦がれた女性の姿を見つけて、カナリアは砂の原を駆け出した。
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