サッカーとカップケーキ【私と貴女】
「カップケーキでも作ってみたら」
「...」
姉さんはカレンダーに試合の予定を書き込んでいた私に向かって、そう言った。
「なんで?」
感情をおさえながら、私は問いで返す。 彼女はどうしていつも、私を自分の趣味に誘うのか、私には分からなかった。いつもは適当に受け流すのだけれど、最近試合で負け続きでストレスが溜まっていた。これ以上不毛なやり取りは続けたくなかった。
「サッカーばっかりやってるから」
なるほどね、と心の中で呟く。
分かっている。 彼女に悪気なんてないことくらい。
「ほら、カップケーキっていってもね、 電子レンジでチンでできるの。だからとっても簡単なんだよ」と、おっとりと笑う姉を私は黙殺する。
姉は家庭的というか、女子高生にしては世帯染みているというか、社会が女に求めるものを寄せ集めたような人だった。彼氏もいるので、その人とするかはわからないけれど結婚して、子供を産む。きっとそう言う人生をみんながそうしてるからという理由でなんの疑問もなく受け止められるのだろう。
姉が寄ってきて、スマホでレシピを見せられても、興味の度合いは変わらなかった。
そもそも、一人でそうしてればいいものを、彼女は同じ女であるというだけで私に強いてくる。実際、弟には料理のりょの字だってしろとは言わない。
ーーーいや、強いてくるというのはおおげさかもしれない。あくまで彼女は誘っているだけのつもりなのだ。
だけど、彼女が私の好きなことを同時に否定していることに気がついていない。
きっと、女性がサッカーをするなんてと思ってあんなことを言ってくるのだ。
「なんでそんなにさせたがるの」
「女の子は料理できた方がいいでしょ」
ほらみろ。とお腹の中で毒づく。私がふーんと気のない適当な相槌を打つと、彼女はめげずに言葉を重ねる。
「だっておなかがすいたとき、料理ができたらあなただって得するでしょう」
「女の子って関係ある? 男の子だってつくれた方が得じゃない」
一瞬の間。つい、出てしまった心の声に、ヒヤリとする。
すると、呆けた様な顔をしていた姉がポンっと手鼓を打った。
「…そうね。たしかに!」
子供の純粋な表情をされて、こちらが驚いてしまう。
実の所、私は姉の素直さが羨ましかった。言葉は伝えようとしなければ何も正しく伝わらないのだ。
「ねぇ、どうしてサッカーばっかりするの?」
相変わらずの言い方にムッとしたが、私はもう、自分の間違えに気がついていた。
「楽しいからだよ。馬鹿みたいに必死になってボール追いかけて、泥だらけになってみんなで一点につなげるの。それが私は楽しい」
「そっか。そうだよね」
姉は深く頷き、微笑んだ。
「私も楽しいよ、料理。だからね、少しだけでいいの。一緒にして欲しい」
少し緊張したような、照れくさがる様な見たことのない表情だった。
一緒に作ったカップケーキは全然膨らまないし、美味しくもなかった。
でも、文句を言う私を見ながらニコニコとしている姉の顔を見るのはそんなに悪くないと思った。
そして、ちょっと付き合うのを我慢すれば、こんな姉の顔が見れるなら、別にそれを言葉にしなくてもいいと、そう思った。
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