赤い公園【俺とお前】
「なぁ、俺は生きていていいか」
「僕が決めていいんですか?」
公園のブランコに座っていたおじさんに聞かれて、ぼくは聞き返した。背負ったランドセルの紐のところがまたずり下がってきたので、ぴょんと踵をあげた勢いで背負い直す。
「…ふは、真面目だね。ぼく、何年生?」
「こじんじょーほーは、知らない人に言っちゃいけないことになってるので」
「しっかりしてるねぇ」
よくわからない柄の、とにかく派手な色のシャツを着たおじさんは、自分の頬をぺたぺたと叩いた。
何をするでも無く、ただそこにいるおじさん。そうだ。知らない人と話しちゃいけないんだった。ハッとして身を引くと、おじさんはまたへらへらとした顔になった。
「そうそう。怪しい人と喋っちゃいけないよ。もう夕方なんだし、早く帰んな」
キィ、とブランコの鎖が鳴る。
おじさんはわざと靴底を地面に擦り付けて、ザリザリと音を鳴らしていた。ぼくもたまにやるから、理由がないけど楽しいのはわかる。
「おじさん」
「…おじ…まだ俺ギリギリ三十代なんだけど…まあ、おじさんか…」
ぼくはなんとなく気になって問いかける。夜の気配が背後に迫っていた。電波放送が鳴る直前の空気の震えを感じ、直後に五時の鐘がなる。帰らないと、とは思った。けど、僕は思ったことをそのまま言った。
「ぼくは生きていていいですか?」
すると、ブッと、おじさんは吹き出した。馬鹿にしたように暫く笑ってから、はっきりとした声で言う。
「もちろん。生きていていいに決まっているさ」
「それはなんで?」
「そりゃあ……子供なんだから」
「大人になったら死んだ方がいいの?」
「ハハハ。極端だなぁ。お母さんとかに怒られたりしない? うるさいって」
「…」
「…あー、ごめんな」
僕が黙っていると、おじさんは眉をハの字にして言った。
「子供はな、生きていていいとか、死んだ方がいいとか考えないで、勉強して遊べばいいんだよ。そりゃ生きてりゃ辛いこともあるけど、もっと気楽に生きてりゃいいんだよ」
「おじさんはつらいことがあったの?」
「……俺は…。あー、なんで子供相手に聞いちまったかな、くそ…」
おじさんはクシャクシャと頭をかく。ぼくはまた、思ったことを思ったままに言った。
「決めてあげるよ」
おじさんは顔をあげてぼくを見た。おじさんはぼくの言葉を待っているようだった。
「おじさんは、生きていなくても良いよ」
おじさんの目はまん丸になった。そしてまた吹き出す。
「…は、ははは」
「辛いなら、そんなのいいじゃん」
「…ふふふふ、そうだなぁ」
おじさんはパンっと自分の膝を打った。そしてぼくでなく、地面に向かって呟く。
「ああ、でも、誰かに決められるってすげぇムカつくな」
空の赤色は全てなくなって、青色になる。水の底にいるみたいだった。
「早く帰んな」
おじさんは片手をひらひらとあげて、そこに座っていたままだった。何色のシャツかわからないほど、周りの色に染まっている。
ぼくはうなずいて、公園から家に帰った。
次の日の夕方にも同じ公園に行ったけど、そこには誰もいなかった。
ぼくはお母さんにまた怒られると思って、五時の鐘が鳴る前に、急いで家に帰った。
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