ホンコップペン【私と貴女】

「飲みながら本を読むなんて、本を馬鹿にしている」

「ふふ、大袈裟」


 上井宙は軽やかに私の言葉を突き返して、ストローでアイスミルクティーをつっと吸った。ガムシロップを4個も投入した上にミルクを2つ入れた、私には理解しがたい液体だ。

 2人で入った喫茶店には、それなりに人が入っていた。私は浮いたお尻を下ろして座り直そうとした。宙はそこへ口を挟む。


「美代子は本への愛が強いねぇ」

 へらへらと取り合わない態度に神経を逆撫られて、私は中腰のまま肩を怒らせた。使い古された為か、立て付けの少し悪い机が傾く。私は場所を考えて、一旦留まる。それでも結局感情は抑えきれなかった。


「そうですとも!? アンタの行動はあり得ない!」

「ちょっと、声大きい」

「うっあ、ごめん」

 怒られて思わずしょぼくれるが、なんで私が怒られているのだ。また我に帰って宙を睨みつける。宙はおちょぼ口で目を見開いた。


「レシピ本とかあるじゃん?」

「閃いたみたいな顔をするな。それとこれとは別」

「一緒でしょ。ご飯の側に本がある」

「何その雑な…。あ、ああ、ほら滴それ大丈夫なの」

「美代子ちょっと静かに」

「ごめ…じゃなくて、なんであたしが怒られてんのよ」

「ああもう、煩いな。これはね、ただの時短。大体、ここ、隣の本屋の商品も持ち込み可なんだよ?」

「そうだけど、相入れない。私には譲れないものがあるのよ」

「押し付けでーす」


 さらりとかわされる。いつもこんな調子だ。

 そう、いつも。しかし、今日こそは。本はともかくとして、譲れないのだ。


「それでさ、早く、サインしてくれないかな」

「ん、いまね、いいところだから、もうちょっと待って」

「あんたそれで通ると思ってんの?」


 私が指で指し示したのは私が自作した誓約書だ。

 書面にどでかフォントで記された、主な制約の内容は次の通り。


 "私、上井宙は、金輪際、本田美代子の元彼氏とは付き合いません。"


 通算5回。つまり、私が今まで付き合ってきた人数。

 上井宙は必ず、私が別れた男と付き合う。浮気疑惑もかつてはあることはあった。私との交際中に明確に何かがあったわけではないので、真相はわからないが。しかし、私と別れて一週間も経たないうちに宙が元彼と付き合っていたりしたこともあった。


 私が付き合ってきた男は全て、上井宙で上書きされる。


 何が目的か明かされないまま、モヤモヤとした気持ちのまま何年も友人関係だけ続いてきたが、流石に我慢の限界だった。いつも真意を問い詰めても、のらりくらりとかわされるので、最近は辞めさせる方向にシフトチェンジした。それでも彼女は昼行灯を演じ続けている。

 宙はまたポーションの口をペキっと折って、また一つシロップを投入した。ストローで飲み物をゆっくりとかき回すと、白の中に透明な靄が飽和していく。


 宙は神妙な顔を作って言った。

「形にこだわると碌な事にならないと思わない?」

「はぁ?」

「本の読み方にしても、人との付き合いにしてもそうよ」

「何急に語り始めてんのよ」

「私たちに時間はない。どう過ごすか、それぞれの価値が人生の隙間を埋める。そうでしょう?」

「いやまて。中身のないことをちょっといい話な感じにして何言ってるかさっぱり!」

「んー、だから、時短なの。美代子って男の子見る目がいいからさ、間違いがないのよ」

「はぁ? そんな理由? そんなこと言って私が別れると前の男をポイするじゃないのよ!」

「ふふ、人のものがよく見えるのは人間の性だよね」

「あんたやっぱり人の…」

「ダブりはないって。スレスレはあるけど」


 怒りを飛び越えて怖い。ずっと一緒に過ごしてきても、全くの未知の生命体。でもそれがこの女であることを同時に誰よりも理解している。だからこそ、今もこうして相対しているのだ。


「もういいからサインを…ーーー」

 その時、微かに机が傾いて、反射で付いた手が、コップにぶつかった。そして、アイスティーが机と、その上にあった紙の上に盛大にぶちまけられた。


「あっアァーーーーーー!!!!」

「あー、紙の側に飲み物なんて置くから」

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