青字の名前【私と貴女】
「ほんと、信じられないでしょ? 朱美もそう思うでしょ?」
そう言って、萌はコーラの入った紙コップを握り締め、射抜く目線を私に飛ばしてきた。彼女の手中に収まった紙のコップに刺さったストローから滴が一滴落ちる。
放課後に屯するいつものファーストフード店は、いつも通りにガヤガヤとしていて、彼女だけが異常を叫んでいる。まぁ、物事を大袈裟にドラマティックに捉えやすい彼女も、日常ではあるのだけれど。
一応周りを気にしたのか、少し抑えた声ではあったが、あまり意味は無かったと思う。現に私の相向いに座っていた隣の席の男性が、ちらりと彼女に視線を寄こしているのが私には見えた。
混雑した店の端っこで、もたもたとポテトを食べながら、私は「うーん」と曖昧な返事をした。すると、萌は不満そうに先ほども聞いた話を繰り返す。
「確かにね、青は好きよ? 散々友達とかに言いふらしているし、他の子達も青いものをくれた子がほとんどだった!
でもね!」
そこで一拍置き、萌は目を見開いて、まるで私が憎いかのように捲し立てた。
「彼女の誕生日に青いボールペン一本とか、信じられないでしょ!?」
そう叫ぶように言って、萌はストローに嚙みついた。そして私をまた睨むように見つめてくる。もういっその事、白旗を挙げて適当に合わせてしまおうかとも思ったが、私はあえて彼女の望まないほうに話を振った。
「いいじゃない。心がこもっていれば」
「心がこもったものにはその分値段が伴うの!」
「値打ちに怒ってるの? それは相手に失礼じゃない」
「それだけじゃないよ! 使い道がないじゃない!」
そう言うと、萌は「ただ愚痴を聞いてほしかっただけなのに」と苛立たし気に自分のうなじに手をやって乱暴にかき乱した。その姿を見ながら、私はゆっくりとまたポテトを口に運ぶ。
「青いペンで書くと暗記しやすいらしいよ? それに外国では青ペンで書類にサインするのが主流だって」
「それ、彼も同じこと言ってた」
急に飲み下したポテトが存在感を増して、私は急いでウーロン茶で飲み下した。こんなことで動揺してしまうなんて。こっそりと目の前の女の表情を盗み見ると、彼女はここにはいない人物のことを考えながら「私にはそんなの関係ないし。ここ日本だし」とブツブツと言っていて、何も気が付いていないようだった。
「……好きな人にプレゼント貰えるだけいいじゃない」
「朱美は彼氏がいないから分からないんだよ」
萌の鈍感な言葉に心が軋む。でも私は彼女のように他人に向かって感情をぶちまけたりはしない。
私は「ああ、そうかもね」と軽く笑って返した。
そして、現実には私の顔も知らない彼に、私の名前を青いペンでノートに書き連ねさせるのをこっそりと想像してみたが、馬鹿らしくなって止めた。
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