青い傘白い傘【俺とお前】

 パンッ、と小気味の良い音を立てて、俺のすぐ隣で藍色が開いた。


 俺はその様子を横目で見ながら、五百円で買った傘をのそりと開く。


「その傘いつから使ってんの」

 俺が何気なくそう問うと、彼は藍色を背にしてこちらを見て、いつもと変わらない涼やかな調子で答えた。

「高校の時からだから、もう五年くらいかな」

「そんな前から…ずっと使ってるなとは思ってたけど」

 雨の日の記憶をたどると、必ずあの軽快な音を立てて開く彼の傘が浮かんでくる。

 五年も使っているのに、昔と何も変わらない音を立てるのだから、きちんと手入れをして相当大切に使ってきたに違いない。平素の彼を見ていれば、その姿は容易に想像できた。


「お前だっていつもビニール傘じゃん」

「俺、すぐに傘無くすし、忘れるし、あんまり高いの買いたくないんだよ」

 俺は玄関の傘置きの中に見分けのつかない同じ顔した傘が何本も突き刺さっているのを思い出した。それと、その中に骨が曲がったものがいくつかあることも。


「お前さー、予備の傘いらない? 安くしとくよ?」

「友達に売り付けるなよ。いらないよ」

「じゃあ貰ってよ。もう置くとこないし」

「でもビニール傘だろ。俺そういう使い捨ての買わないし、使わない主義だし」

 だよなー、と相づちを打つ。俺は傘の柄をぼんやりと見つめながら、傘置きに押しこまれた傘たちの分別について考え始めていた。


「でも、傘買い変えようと思ってるんだよね」

「え」

 俺が驚いて、傘の内側を覗き込むと、彼は微かに苦笑を浮かべて言った。


「なんか開く時、滑りが悪くなってきたし、もう長いこと使ってるしさ、」

 それに音も良く無くなった。彼はそうぽつりと言い、傘の柄に視線を落とす。

「何も、変わってないと俺は思うけど」


 俺はうろたえながら言う。すると横にあった藍がぐるりと回転して、そこに乗った雨粒も飛沫となってこちらに飛んできた。つめて、と小さく悲鳴をあげてその方に目を向けると、ははは、と悪戯っぽくも、やはり上品に彼は笑っていた。


 しかし、また少し眉を寄せる。そして口には笑みを作ったまま、柄を握っていた手を開いてこちらに見せてきた。ぐっと顔を寄せて見てみると、鉄とプラスチックの境目がかなりさびていた。


「変わってないのはお前の方なんじゃないの」

 俺より少し高い位置から言葉が発せられて、彼はすっと俺の透明な傘を指さす。

 だって、これは、と呻くように言い返そうとすると、彼が「雨、上がったんじゃないか?」と傘をたたみだしたので、それ以上何も言うことができなくなった。

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