内と外の景色【私と貴女】
ただ息するだけで、胸が焼ける。
そんなどうしようもない世界でもシーシャはマスクをしようとしない。
二人並んで、学校の庭園のベンチに座る、頭でっかちな私と、身軽そうなシーシャ。
日向ぼっこをしているときでさえ、世界は私たちを焼こうとしてマスクで覆われた世界の外側に存在していた。空気が熱を帯びているわけでなく、空気中に存在する科学物質が喉を痛めつける。体に留まり続けるものではないので、ただただ咳が出る。
顔をすっぽりと覆うマスクを被って、私はシーシャの空気に無防備に晒された頬を突く。
同時にシーシャはごほりと咳をする。
私には不可解だ。
「マスクをしなさい」
「いや。この世界は、このまま見える全てが美しいの」
「苦しい世界を歩くためのマスクなのに」
「キリィは知らないのね、この世界を」
シーシャはおどけた顔で、私の顔を覗き込んでくる。
頭にきたが微笑みに変わった彼女の表情に目を奪われる。
「生きているって、こんなにも素晴らしいことなんだよ」
直後、ごほ、と苦しげに咳き込んでシーシャは胸を押さえた。
「苦しい代わりに、たくさんのものを感じ取ることができる。別に寿命が縮むってわけでもない」
得意げに言うので、私は立ち上がって、シーシャの前に立った。
「私の世界を否定しないで」
マスクの内側から見える世界だって、大好きだった。私の世界。誰にも否定される権利なんかない。
それに私は知っていた。マスクのない世界の色彩の豊かさを。
私の影がシーシャにさす。
「……そうね、ごめん。比べるものじゃなかった」
しゅんとして目を伏せて、
「でも、あなたと同じものを見て喜べないのが悲しいわ」
「そんなことないよ。おんなじにマスクをしていたって、おんなじにしていなくなって目に見えるものは違うもの。だから、一緒だよ」
私が言うと、シーシャは顔を綻ばせた。
「そうね、どっちだって、美しさは変わることなんてない」
シーシャが立ち上がって、私の手を取る。
「この世界は素晴らしい」
「そうね」
顔を覆うマスクの下、胸が高鳴る。
私は少しだけマスクをずらして空気を吸った。そして、その痛さにすぐにマスクを被り直した。
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