言の葉の覆い【俺とお前】
言の葉の覆い
ブックカバーが盗まれた。
無くしたとかじゃなくて、盗まれた。
ただ、証拠はない。
バックの中、部屋の中、学校のロッカー、全部引っ掻き回しても、どこにもブックカバーはなかった。
市販のものだった。思い入れがあったかと言うと、そうでもない。特別なんかじゃなかった。
*
ブックカバーを買ったお店を訪ねると、同じ絵柄のカバーは自分が買った時より二段くらい下に配置されて置いてあった。
全く同じ顔したカバーが三枚、陳列棚の中に挟まっている。
俺はそれを手に取ることなく、その場を後にした。
*
記憶を辿っていつもより俯きながら、歩く。
簡単に手放せるからこそ、代わりがないということに気がつかなかった。
下ばかり見てもいられない。もしかしたら、親切な人が目立つところに置いてくれたかもしれない。
挙動不審な僕を周囲は何を思うのか気になったが、僕は必死だった。
交番にまで行ってみたが、見つからない。
ブックカバーのせいにしたかった。きっと望んで盗まれたのだ。
心の空漠をカバンと一緒に抱きこんで、誤魔化した。
*
「誰が盗むんだよ、そんなもん」
友人は苦笑した。
「盗まれたんだよ。だって、ずっと使ってたのに」
「なんだそれ、無くしたでいいじゃん。なんかお前、刺々しいぞ」
「でも、俺が無くすわけないんだ、だから」
「いいや、無くしたんだよ」
包み隠さず言い切られてしまって、黙り込む。友人は普段からブックカバーを使わない。お前こそ、と言いたかったが、彼の羨ましいところでもあった。
友人が見かねたのか、僕の額を人差し指でこづいた。
「ブックカバーなんてさ、本当に必要なの?」
「必要だよ」
「俺はそう思わないけど。きっとみんなそうだぜ」
むむっと顔を顰めると、友人はケラケラと笑った。
*
「これ、みつけた」
友人の手にはくたっとしたブックカバー。
「盗んだわけじゃねぇよ」
「……」
「お前の机の上にあったぜ?」
探し物は見つかった。薄汚れたブックカバー。
手元に帰ってきてやっと、無くしたのは僕だった、と認めることができた。
もう無くさないようにしまってしまおうかと思った。
けれど、ブックカバーは本を保護するためにある。
僕は次に読もうとしていた本を手に取った。
僕のものではない言葉の羅列がぎっしりと並んでいる。
これからこの中の数行が僕のものになる。この中身を食い尽くして、あるものはそのままに、あるものは噛み砕かれて、意味も別のものになって、僕の中に累積していく。
それを僕は言葉として口にして、自分を作っていくのだと思う。
ブックカバーはそれを覆い隠して我が物顔している。
隠したからと言って憚ることはない。
僕は本を手慣れた動作で包んだ。
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