言の葉の覆い【俺とお前】

言の葉の覆い


 ブックカバーが盗まれた。


 無くしたとかじゃなくて、盗まれた。

 ただ、証拠はない。


 バックの中、部屋の中、学校のロッカー、全部引っ掻き回しても、どこにもブックカバーはなかった。


 市販のものだった。思い入れがあったかと言うと、そうでもない。特別なんかじゃなかった。



 ブックカバーを買ったお店を訪ねると、同じ絵柄のカバーは自分が買った時より二段くらい下に配置されて置いてあった。

 全く同じ顔したカバーが三枚、陳列棚の中に挟まっている。

 俺はそれを手に取ることなく、その場を後にした。



 記憶を辿っていつもより俯きながら、歩く。

 簡単に手放せるからこそ、代わりがないということに気がつかなかった。

 下ばかり見てもいられない。もしかしたら、親切な人が目立つところに置いてくれたかもしれない。

 挙動不審な僕を周囲は何を思うのか気になったが、僕は必死だった。

 交番にまで行ってみたが、見つからない。

 ブックカバーのせいにしたかった。きっと望んで盗まれたのだ。

 心の空漠をカバンと一緒に抱きこんで、誤魔化した。



「誰が盗むんだよ、そんなもん」

 友人は苦笑した。

「盗まれたんだよ。だって、ずっと使ってたのに」

「なんだそれ、無くしたでいいじゃん。なんかお前、刺々しいぞ」

「でも、俺が無くすわけないんだ、だから」

「いいや、無くしたんだよ」

 包み隠さず言い切られてしまって、黙り込む。友人は普段からブックカバーを使わない。お前こそ、と言いたかったが、彼の羨ましいところでもあった。


 友人が見かねたのか、僕の額を人差し指でこづいた。

「ブックカバーなんてさ、本当に必要なの?」

「必要だよ」

「俺はそう思わないけど。きっとみんなそうだぜ」

 むむっと顔を顰めると、友人はケラケラと笑った。



「これ、みつけた」


 友人の手にはくたっとしたブックカバー。


「盗んだわけじゃねぇよ」

「……」

「お前の机の上にあったぜ?」


 探し物は見つかった。薄汚れたブックカバー。


 手元に帰ってきてやっと、無くしたのは僕だった、と認めることができた。


 もう無くさないようにしまってしまおうかと思った。

 けれど、ブックカバーは本を保護するためにある。


 僕は次に読もうとしていた本を手に取った。

 僕のものではない言葉の羅列がぎっしりと並んでいる。

 これからこの中の数行が僕のものになる。この中身を食い尽くして、あるものはそのままに、あるものは噛み砕かれて、意味も別のものになって、僕の中に累積していく。

 それを僕は言葉として口にして、自分を作っていくのだと思う。

 ブックカバーはそれを覆い隠して我が物顔している。

 隠したからと言って憚ることはない。

 

 僕は本を手慣れた動作で包んだ。

 

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