わたしとあなた【ルーズリーフsss集】
二夕零生
赤い金魚【君と僕】
風呂のドアを開けると、真っ赤な金魚が浮かんでいた。
どこからやってきたのか、金魚はぐったり水面下に頭をうなだれて、真っ赤な腹を天に見せている。
きっと先程まで風呂に入っていた私の幼い弟が、金魚をここへ連れてきて、母と金魚と遊んだ後、おきざりにしたのだ。
私は浮動する金魚に遠慮しながら、なるべくゆっくりと風呂釜に足を差し入れる。それでも水面は細波立って、金魚は時計の針のように一回転した。私はそれを見て思いっきって水の中に体を浸す。金魚に気を使う理由もないと気がついたからだ。
私の体積の分だけ競り上がった水面が大きく波打って金魚を揺さぶる。波に押されて金魚は向こうの壁面にぶつかってしまったが、また何事もなかったように浮いていた。
私は息を潜めながら金魚を見つめていたが、それも次第に飽きてしまって、両の手の平で金魚を掬い上げてみた。
金魚は変わらずくたびれた様子で少量の水と一緒に手の中に収まっていた。金魚の赤が色濃くて、溜まった水が真っ赤に染まっている。
試しに、掌の継ぎ目に少しだけ隙間を開けてやると、そこから水が流れ落ちたが、そこから滴る水は少しも色づいていなかった。
水槽の水も抜けて、萎びてしまった金魚の尾をつまみ取って、その尾に空いた穴に思い切り空気を送り込むと、金魚はみるみる膨らんで、でっぷりと太々しく息を吹き返した。そして、私は尾のくびれたところを引き延ばした後、きつく結んだ。
そのまま水に帰すと軽くなりすぎた体を持て余して、水の表面を苦しげに泳いでいた。
弟の影が曇りガラスの向こうにさした。私は彼の名を呼んで、扉の隙間から覗いた顔の前に、太って変わり果てた金魚を差し出す。弟は嬉々とした表情で金魚の体を容赦なく挟み持つ。不細工に顔だけ膨らんだ姿に同情した。
弟は金魚を持ったまま走り出す。開け放たれたままのドアからドタドタと床を踏みつける足音が遠ざかっていく。
すると突然、足音が消えるのと同時に、何か大きなものが滑るような音がして、直後に空気が破裂する大きい音がした。
そして数瞬の間があって、さらに大きな、大気を震わす声がした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます