月には土がない。【君と僕】

「人とは大地に根付くもの」


「土がないから、空気もない。人は月では生きられない。空気に満たされていないと、存在できない」


「でも月のうさぎは生きれる」


「けどうさぎは寂しがり」


「満月の晩のうさぎは餅なんてついて楽しそうなのに、どこか虚なのはそういうわけか」


「だってうさぎは月にひとりぼっち」


「そう勝手に憐れむなよ。新月の晩は何をしているかわからないだろ? それにうさぎだからって、一人だからって、不幸で寂しいってわけじゃない」


「でも、いつも心が一人かも。埋められない穴は誰にだってあるよ」


「それはそうさ。穴は埋まらない。埋めても埋めても風や揺れに攫われて、逓減してしていくものなんだ。心がまだ軟い頃に掘られたのなら尚更に、穴は元に戻ってしまう。そういうものなんだと受け止めるしかないのさ」


「でもうさぎに会いに行きたい。うさぎに会えたら、何かを分け合える気がしない?」


「そうだね。でもヒトは空には一人じゃいけない。一人ぽっちじゃ飛べない。精々とんでも数センチ」


「ひとりじゃ飛べないから、私と君は手を繋いだってわけだ?」


「そうでもないよ。繋ぎたかっただけさ」


「本当かなぁ」


「空気がないなら持っていって。恋しがって、大地は足裏を縫い付けるけれど、僕らは超える力は持っている」


「うさぎは望んでいるのかな。誰にも見つかりたくないのかも。でも星は回るから仕方なく楽しげに餅をつく」


「でもそれが、役目というもので、生まれ出るということなんだよ」


「それは、私だけじゃなくなるということ? うさぎや、君だけじゃ、なくなるということ?」


「そう、とても迷惑で悲しいことだけど、一人になんてなれないんだ」


「それはひどい。いくら足掻こうとしても、みんな一人で生まれて一人で死ぬのにね。そんな寂しいことがこの世には溢れているんだね」


「そうさ。人もうさぎも心を持ってる。浮かぶ惑星を見つけたのなら、それに思いを交わせずにはいられない」


「悲しい気持ちを知らないままでいられれば、空なんかに気がつかなければ、よかった?」


「そうかもしれないけど、今あるものを無いことにはできないだろう?」


「これから見上げる誰かが悲しまないように消し去ってやるのだって、そんなのは違うよ」


「生まれてしまったのだから」


「生きていたいのだから」


「営みは続いていく。銀河の全てが無くなっても」


「だから」

「だから」

「だから」



「今宵も月を見上げよう」

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