第31話
一年で三日間行われるアクアフェスティバルも、終わってみればあっという間の出来事だった。
クーリアとアレスは二人っきりでのデートを楽しんだ様子で、エレンも思うことがあったのか以前よりも表情が明るい。
今は街全体で清掃活動が行われている。たくさんの人が訪れたらゴミなど衛生問題も起きやすいが、大陸一綺麗な街を謳う以上、ゴミなどを放置するなどもってのほかだ。
エレンたちも騎士団を連れて積極的に清掃活動に従事ていた。
その間ルサルカはというと――。
「で、話って何かなエドワードさん」
「お時間を取って頂き、誠にありがとうございます」
そう深々と丁寧に頭を下げる老執事のエドワードに呼ばれて、二人きりで応接間にいた。
わざわざエレンたちに嘘を吐いてまで呼び出したのは、よほどのことだろう。
その予想の通り、エドワードはこれまで見たことのないほど真剣な表情をしていた。
「お話というのは、ルサルカ様の今後についてです」
「今後、ねぇ」
もはや誰も気にしていないが、そもそもルサルカは客人という立場であっても奴隷には変わらない。
当然エレンが命令をしない限り、この街から離れることも出来ない状況だ。
それでも、誰もがルサルカはあと数日もしたら旅に出ると確信していた。
そしてそれを止めようとする者がいないことも、周知の事実である。
「もしかして、止めようっていうの?」
「はい」
「なぜ? 主人であるエレンが認めてるのに」
別に自分に価値がない、とは思わない。
たとえばルサルカがいるだけで、公爵家の武力という面では最強のカードを持っているようなものだ。
それどころか『魔王を倒した東国の魔女ルカ』だと公表すれば、政治面でも優位に立てる。
もっとも、エレンがそれをする気がないのはわかっていた。
そしてそれが貴族としては失格であることを理解していることも伝わってくる。
「エレンは公爵が王都から帰ってくる前に、私を外に出そうとしてるよね?」
「はい」
「なのにエドワードさんは私を止めようとしてる」
「はい」
まったく表情を変えずに淡々と向かい合う二人。
探りを入れるルサルカだが、さすがは公爵家筆頭家老と言うべきか、感情を読ませるような真似はしない。
「……はあ。わかったわかった。もう腹の探り合いはやめて聞くから、教えてよ」
「ありがとうございます」
そうしてようやくエドワードは笑う。
前世と今世の両方を合わせてもまだ彼の方が年上だからか、中々強かで勝てる気がしなかった。
「で、私になにをして欲しいの?」
「お嬢様の傍にいてあげて欲しいのです」
「却下。あ、いやこの街から連れ出していいって言うならいいよ」
暗に、旅を止める気はないぞと宣言する。
エレンは公爵令嬢。
精霊使いの名門であるオルレアン家においても神童と呼ばれるほど精霊に愛された少女であり、直系に男がいない以上はどこかから婿を貰ってこの家を存続させなければならない。
クーリアがいるからいなくなっても大丈夫、ということはあり得ないのだ。
彼女はこのオルレアン領にとって欠かすことの出来ない存在だった。
「それで構いません」
「……んー?」
だというのにエドワードは連れて行ってもいいという。むしろ、そうして欲しいという気持ちまで伝わってきた。
そこまで言われれば、どういう状況なのかもおおよそ推測できるというものだ。
「なるほど。この街に危険が迫ってるわけだ」
「……」
「いつから?」
「二百年前から……」
問い詰めると、彼は簡単に口を開いた。
そしてエドワードが語るのは、この美しいオルレアンという街における悲劇の歴史だった。
「オルレアン領は昔から精霊たちによって見守られて繁栄した街だと言われております」
「うん。実際、ここは水の精霊が多いよ」
精霊というのは気まぐれで、あまり一ヵ所に固まることは多くない。
たとえばルサルカが生まれたシルフガーデンの森では風の精霊が多いが、それでもどこか遠くへ出ていく精霊もまた多かった。
それに対してここは、本当に水の精霊が多い。それゆえに精霊使いたちも育ちやすい環境下にあると思っていたが――。
「この街の裏にはとてつもない存在が隠れているのです」
「とてつもない存在?」
「精霊宮殿は、もう見られましたか?」
そう言われて、以前入るのは待った方がいいと言われた場所を思い浮かべた。
この水の都オルレアンに来たなら、絶対に見ようと思っていたが、せっかくなら一番いい時期まで待とうと思って今まで待ってきたのだ。
「まだだけど、精霊宮殿がどうしたの?」
「……あそこには、強力な化物が住んでいるのです」
「へぇ……化物ねぇ」
「精霊宮殿はその化物を封印するための砦。しかしその封印が解かれてしまうのも時間の問題となりました」
代々、オルレアン家の女子は精霊使いの巫女として、その化物を封印する役目があった。
しかし先代であるエレンたちの母が封印に失敗。そのまま亡くなってしまう。
そのせいで封印が綻び、化物がいつ飛び出してしまうかわからなくなってしまう不安定な状況が続いてしまう。
「エレン様はご自分の命を懸けて封印をする気ですが……」
「もう解けかけた封印をすることは難しいってことね」
「はい……残念ながら、歴史家、封印の専門家などを集めて調査した結果、再封印をすることは不可能とされました」
そしてその結果はエレンも知っている。知ったうえで、それでも諦めずに精霊使いとしての実力を高めてきた。
たとえ失敗した時は、刺し違える覚悟を持って。
「なるほどね」
「エレンお嬢様は昔からずっと、このオルレアンを守ろうと必死でした。そのためにクーリア様を遠ざけ、自身の幸せを後回しにし続けたのです……」
エドワードは心底悔しそうにつぶやく。
エレンの四倍以上年を重ねた老紳士は、己の情けなさが歯痒く思うのだろう。
たしかにこの都市にやってきたとき、エレンはクーリアに対して線引きをしていた。
あれだけ妹のことを大切に思っていたにもかかわらず、その想いを伝えることをしてこなかったのだ。
思い返せば、最初のころの彼女は、いつも誰かを遠ざけようとしていた。
それは単に公爵令嬢としての重責と、弱みを見せられないがゆえの態度かと思っていたが――。
「そう……」
「ルサルカ様をこの街に連れてこられたとき、お嬢様は嬉しそうにこうおっしゃられました」
――これで、クーリアは幸せになれるわね。
「そっか。クーリアの魔法の師匠になって欲しいっていうのも、そう言う理由か」
「エレンお嬢様は、自分が失敗したときのことを考えてクーリアお嬢様を連れて行ってもらおうとお考えでした」
普通、魔王すら倒した魔法使いがやってきたなら、化物も倒してくれるのではないかと期待するだろう。
だがしかし、彼女はそうしなかった。
この街を守るのは自分の役目であり、必ず果たすべき使命なのだとそう言って。
「まったく、融通が利かない子だねぇ」
「アクアフェスティバルが終わったこの時期なら、皇国中の貴族も集まっています。それはつまり、皇国中の腕利きが今、この街に揃っているということ」
「で、それと力を合わせて封印を解いて、倒そうって算段か」
ルサルカの言葉にエドワードはこくりと頷いた。
その化物がどれほど強いのか知らないが、困った子だなぁと思う。
だがそれと同時に、彼女らしいとも思った。
これでも数ヵ月一緒に生活をしてきたのだ。彼女が人を頼るのが下手なのは、よくわかっていた。
「ところでエドワードさん、精霊宮殿にはどうやって入ったらいいの?」
ルサルカがそう言った瞬間、彼は目を見開く。その仕草に、あれ? と疑問に思った。
「なんで驚くの?」
「なぜ精霊宮殿に? ルサルカ様にはエレンお嬢様たちを連れて旅に出て欲しいと、そう――」
「ああ、なるほど」
そういえば、最初から彼はエレンを連れて旅に出て欲しいと、そう言っていた気がする。
しかしそれは駄目だ。だってそれでは、エレンが心の底から旅を楽しめない。
「いいエドワードさん、旅を楽しむためのコツって知ってる?」
「は? いったいなんの話を……?」
「それはね――」
――後ろを振り向かず、ただ自分の目の前にあるものだけを見ることだよ。
過去を気にしながら旅なんてしちゃ駄目だ、という持論を展開したルサルカは、そうしてエドワードから精霊宮殿までの道のりを聞くのであった。
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