第28話
それから数日後――。
今回の件は冒険者ギルド側に非がある。そうことで正式にオルレアン家に謝罪が入ることが決定した。
もちろん、加害者は誰が見てもアレスだ。しかし彼は見た目はともかく中身はまだ子ども。
そしてそんな子どもに栄誉あるギルドが半壊させられたなど言えるはずもない。
また不正は許さないというザックスからの声も後押しし、彼を尊敬する冒険者派閥によって今回の決定が成されることになったのだ。
「まあ、何だかんだで落ち着くところに落ち着いたよね」
「そう……ですね!」
オルレアン公爵家の中庭。
ここ数日はいつもルサルカとともに魔法の鍛錬を行っているクーリアは、額から汗を流しながら彼女の言葉に答える。
生み出した魔弾はルサルカが最初に提示したものにだいぶ近くなっていた。
あと少し、あと少しと言いながら、その先に中々進まず、しかし精神力と体力、そして集中力を持っていかれ続ける。
「っ――! で、出来ました!」
そうして集中し続けることしばらく、ついにクーリアは魔弾を小さくすることに成功した。
「へぇ。思ってたよりもずっと早かったよ」
「本当ですか⁉」
「うん、これも愛のなせる業だね」
「っ――⁉」
ルサルカがからかうと、彼女は一気に顔を紅くする。
というのも、先日の事件以来アレスも危険だからと公爵家に匿われることになった。
やったことは問題だが、そもそもクーリアを想っての行動。姉であるエレンとしては出来る限り報いたいという想いがあったらしい。
そうしてアレスが屋敷にやってきてからというものの、クーリアの魔法の上達ぶりは目を見張るものだった。
明らかにテンションが上がっていて、良い傾向となったのだ。
「よし、それじゃあ次はそのサイズの魔弾を十個作ろっか」
「……」
――この鬼。
そうクーリアは小さく呟いた。
「返事は?」
「はい!」
いい感じに言うことを聞くようになったとルサルカが満足しながら、少し離れたところでアレンが剣を素振りしている姿を見る。
額からは汗を流し、しかし体幹はぶれない。動きの一つ一つにバネもある。あれは天性のものだろう。
そもそもなんの教えもなくただの暴力だけで冒険者ギルドを半壊させた少年だ。
もし本格的に強くなりたいと思えば、その将来性はルサルカを持ってもしても計り知れないものとなる気がした。
「どうアレス、調子は」
「あ、ルサルカさん。うん、なんか身体を動かしているとすっきりするね」
本人が子どもの頃から感じている破壊の衝動というのも、制御できないものではないとルサルカは思っていた。
実際、勇者パーティーの一人であるガイアは昔、破壊王と呼ばれるほど危険な男で、セリカに正面から戦って負けるまでは暴力で生きていた男だ。
それも一緒に魔王を倒す、という旅をすることで次第に彼の中で変化が生まれ、破壊するというのではなく己を強くする、という方向へとシフトしていった。
アレスもまた、これまで誰にも言えずに自分の中で抑え続けていた衝動だが、それをクーリアやルサルカに語ることで発散されている。
あとはその力の使い道を教えてあげればいい。
「もしどうしても耐えられそうになかったら、私が叩き潰してあげるからいつでもおいで」
「あはは……うん。ルサルカさんには甘えることになっちゃうけど……」
「子どもがそんな遠慮しなくていいさ。それに――」
ルサルカは必死に小さな魔弾を作っているクーリアを見る。
「人はなにか守りたい者があれば、そんなくだらない衝動には負けないよ」
「……うん」
自分の中にある昏い衝動のことを、アレスは怪物と言った。
しかし人間のもっともっと昏い部分を見てきたルサルカにとって、アレスのそれは違うと思う。
「もしお前が自分の中の怪物を抑えきれないと思ったら、その時はこう言い聞かせるんだ」
――お前は、誰かを守るために戦える優しい怪物だ。
「……俺自身に、言い聞かせるの?」
「うん。そうすればきっと、アレスの中の怪物も自分の存在の意味を理解して、本当の力を発揮できるさ」
「本当の力?」
「指向性のない暴力なんてのはとっても脆いものさ。それがどんなに強い力を持っていてもね」
「そっか……うん、わかったよ」
ルサルカと出会い、少年は一つ変わることが出来た。
それまで自分一人で抑えつけていた怪物は、決して敵ではなく自分の一つの在り方なのだと理解して、受け入れられるようになる。
「アレス! 見ていてください! この鬼――じゃなくて先生の課題なんて絶対にクリアしてみせるんですから!」
「うん。クー、頑張って!」
そして自分が本当に守りたい存在のために、この力を使おうと思った。
この力は、そのために生まれてきたんだから。
そんな二人の様子を微笑ましく見守るのは、オルレアン公爵令嬢のエレン。
「ルサルカ様と関わると、みんな前を向けるようになりますね」
「それ、私は関係ないかな。元々あの子たちは、前を向く力を持っていただけだよ」
「……前を向く、力ですか」
ルサルカの言葉を心に染み渡らせるように、エレンは同じように呟いた。
「……私も、前を向けるでしょうか?」
「向けるよ」
その迷いのない返事に、エレンは驚いて目を見開く。
「エレンはみんなのために、誰よりもずっと考え続けられる子だからさ」
ルサルカはエレンがなにかを抱えていることには気づいていた。
しかしこれまで一度もそれを指摘してきたことはない。
なぜなら、エレン自身がその悩みを受け入れ切っていたから。
人はそうなったとき誰も頼ろうとは思えず、自己完結しようとしてしまうものだ。
だがエレンはルサルカと出会い、妹との和解して、生まれ付いた力に悩む少年が前を向く姿を見た。
人は一人では変われない。だけど誰かが変わる瞬間を見た時、こうも思うはずだ。
――自分も、もしかしたら変われるのではないだろうか? と。
「もしもエレンが変わりたいって思ったらさ、みんな手伝ってくれるよ。クーリアも、アレスも、エドワードさんも、あとついでにクドーも」
「そう……ですね」
「もちろん私も手伝おう。だって――私はエレンの奴隷だからね」
「私としては、奴隷にしたつもりはないんですけどね。だけどそのときは、よろしくお願いしますね。ルサルカ様」
ルサルカが優しく笑いかけてあげると、彼女も釣られて笑う。
その姿はどんな男でも見惚れてしまうほど美しいものだった。
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