第27話

「おいおいおい! なんで俺様が帰ってきたらギルドはめちゃくちゃになってんだよ!」


 鍛え上げられて引き締まった筋肉。驚きながらも直立に立って隙一つない立ち振る舞い。


 濃い茶色の髪を刈り上げたその男は、背中に槍を背負った状態でドカドカと中に入ってきた。


「テメェら! カチコミかぁ⁉ どこのモンだああん⁉」

「なんだこのうるさいの」

「声大きいね」


 正直言って、ちょっとややこしそうなのに見つかったと思った。


 単純なパッと見た性格だけでもそうだが、なによりその動き。


 先日ルサルカが叩きのめした元Aランクを名乗る冒険者よりも数段上の実力者だとすぐにわかる。


「お前ぇ!」


 そうして槍を突き付けてくる。明らかに見た目が厳ついアレスではなく、ルサルカに向かって。


「ふぅん」

「る、ルサルカさん……」


 アレスは生まれ持った力こそ天性のものだが、特別鍛えているわけでもなく戦い方も知らない素人だ。


 それに対してルサルカは歴戦の魔法使い。とはいえ、極力強さを見せつけるような素振りはしていない。


 それでもこの男は、一目でどちらが強者なのかを理解した。


 ――面白い。


「っ――⁉」


 男が思い切り飛び下がる。そしてまるで化物を見るように睨んできた。


「こいつぁ、やべぇな……」

「良い勘してるじゃないか」

「これでも、Aランクの冒険者やってっかなら! とはいえ……」


 男は額に汗を流しながら、先ほどまで自分がいた場所の地面を見る。そこには小さな穴がいくつも空いていた。


「こいつは、魔弾だろ?」

「正解」

「……なんつー出鱈目だ」


 魔弾というのは魔法使いにとって基礎中の基礎魔法。威力はそこまで高くなく、歴戦の戦士ともなればたとえ当たった所でダメージは少ない。


 だがルサルカが放ったそれは、男をして当たればただでは済まない威力だった。


「とはいえ、所詮は魔法使い! 近づきさえすれば!」

「近づけば、なんだって?」


 いつの間にか、ルサルカが一瞬で間合いを詰めていた。


「っ――⁉ は、はぁ⁉」


 まるで瞬間移動のように現れたルサルカ相手に驚きを見せる間に、彼女は軽く掌を腹にそえる。


「――ぐはぁ⁉」


 ただ触れただけ。そう思った男は、直後にやってきた衝撃に吹き飛ばされた。


 しかしそこはさすがAランクの冒険者。


 飛ばされながらも態勢を整えると、着地と同時に飛び出した。


「喰らいやがれ!」


 そうして突き出される神速の槍。男にとって長年鍛え続けてきたそれは、必殺必中の一撃になる――はずだった。


「魔法使いだからって、接近戦も出来ないとは限らないよ」

「んな⁉ だが、これならどうだぁ!」


 それを紙一重で躱したルサルカに驚くがそこで手を止めはしない。もはや引いている仕草すら見えないまま、怒涛の連続突き。

 

 並の冒険者では見ることも出来ないそれを、ルサルカは当たり前のように躱していった。


「うそ……だろ? 俺が子ども扱いだと⁉」

「まあまあ早いよ。そうだね、ガイアの十分の一くらいかな」


 そうしてその槍を掴むと、そのまま男を蹴る。


 もはや言葉もないまま男は吹き飛ばされ、最初にアレスが行ったような感じで木のテーブルに埋もれてしまう。


 大して力を込めてはいないので、そこまでダメージはない。


 しかしそれ以上に、己の強さに絶対の自信を持っていた男にとって、魔法使いに接近戦で圧倒されるなど信じられない思いだった。


「は、ははは。なんだこりゃ、夢か? それとも、エルフの外見をした化物か?」

「化物とは失礼だね。で、どうする? まだやる?」

「……降参だ。勝てる気が欠片もしねぇ」


 槍を手放し、男は渇いた笑みを浮かべながら両手を上げる。


 もはや実力差は明確だった。


「うわぁ……ルサルカさん格好いい」

「ふふふ、そうでしょそうでしょ」


 尊敬した様子でこちらを見るアレスの視線が気持ちよく、ルサルカはふふんと自慢げに薄い胸を張る。


「……で、なんでアンタみたいなのがギルドを襲ったんだよ」

「ああ、それは――」


 先ほどの戦いでルサルカに敵意がないことは気付いていた。だからこそ男は少し軽く尋ねる。


 そして事情をすべて聞いた男はというと――。


「すまなかった!」

「あ、いや頭を上げてください! 悪いのは俺の方で……」

「いんや! 坊主が怒るのも当たり前だ! つーか、俺がいない間になんつーことしてくれてんだギルドの馬鹿どもが!」


 男はザックスと名乗り、この水の都オルレアン最強の冒険者だった。


 彼がいれば水の都も冒険者ギルドも安泰。そう囁かれるほどの凄腕であり幹部たちにも発言力のある男であるが、その実直な性格のせいで煙たがれていることも多い。


 今回のようなやり口も、ザックスに知られれば力ずくで抑え込まれるだろうと予想していたギルドの面々は、彼に長期クエストを依頼して遠ざけたのである。


「だいたい冒険者は命がけの職業だ! だってのにやることが子どもの誘拐? なんつー情けないことを!」

「あ、あの……」

「おう坊主! 逆にお前はすげぇよ! 幼馴染の女の子のためにたった一人でギルドに喧嘩を売るなんて早々出来ることじゃねえ!」


 嬉しそうにバシバシと背中を叩かれ、アレスはちょっと困ったような顔をする。


 まさかこんなことになるとは想像もしていなかったに違いない。


「ところで、後始末はどうしたらいい?」

「ああ、それなら俺に任せな。こいつらにはぜってぇ報復とかさせねぇから」

「そう……ああそういえば悪いかったね。ボコボコにしちゃってさ」

「お、おう……あれはマジでショックだったが、まあ俺の実力不足……つーかアンタが相手じゃ仕方ないとしか言いようがねぇな」


 中々気のいい男である。

 聞けばオルレアンではかなり有名らしく、彼に憧れて冒険者ギルドに入る男は多いらしい。


「とりあえず! 今回のことは俺に任せてくれ! それが負けたもんの役目だからな!」

「うん、じゃああとはよろし――」

「アレス!」


 そうして話が纏まりそうになった辺りで、クーリアがギルドの中に入り、そしてその惨状を見て絶句する。


「先生……やり過ぎです!」

「ねえアレス。弟子が一切の迷いもなく私を疑うんだけど、どう思う?」

「えっと……その、ごめんなさい」


 とりあえず驚いているクーリアと、後ろに立つエレンを見ながら、酷い話だと呟いておいた。

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