第26話

 事件はその日のうちに起こった。


「先生!」

「ん?」


 エレンとのお茶会を楽しんだルサルカは、のんびりオルレアンを散歩しようと街に出ていたところ、アレスのところに遊びに行ったはずのクーリアに呼ばれた。


 これが街中で偶然会えたことに対する喜びの声、というのであれば良かったが、どうやら逼迫した様子。


「先生助けて! お願い!」

「やあクーリア。とりあえず一回落ち着こうか」

「落ち着いてなんていられません! アレスが、アレスが!」


 興奮状態のクーリアが必死に説明をしようとするが、しかし焦っているせいで中々順序良く言葉が進まない。


 とりあえずクーリア本人ではなく、アレスが大変なことはわかったが、どうにも要領を得なかった。


「よし、とりあえずこれを見よう」

「だからっ――え?」


 ルサルカは指を一本立てて、それを彼女の眉間の傍に置いた。その瞬間、さっきまで興奮状態だったのが嘘のようにクーリアの身体が止まる。


「あ、私……」

「落ち着いた?」

「……はい。取り乱してしまい申し訳ございません」

「それじゃあゆっくりでいいから、なにがあったのか話してごらん」


 そうしてようやくクーリアが語ったのは、アレスが暴走してしまったということ。


 というのも、今回のクーリア誘拐事件を知ったアレスが、怒って冒険者ギルドに行ってしまったのだ。


 いくら身体が大きく、力が強くてもアレスはまだ十二歳の子ども。魔物やたくさんの荒事に慣れた冒険者たちに敵うはずもない。


 追いかけたくても先日のこともあり、公爵家の自分が近づくわけにも行かず、慌てて姉を頼るために公爵家に戻る途中で、ルサルカを見つけたという。 


「どうしよう先生! このままだとアレスが怪我してしまいます! いや、メンツを重きにおく冒険者たちだもん……最悪、殺されちゃうかも!」

「うーん……危ないのはどっちだろ?」

「え?」


 不意に呟いたルサルカの言葉の意味を、クーリアは理解出来なかった。


「ああいや、どっちにしても大変だもんね。わかった、私がギルドに顔出すから、クーリアはエレンに報告。その後は公爵家で待機ね」

「……はい」


 今回の件、エレンがどのように決着をつけるかはわからないが、クーリアはこれ以上顔を出すわけにはいかないだろう。


「とりあえず、無事に連れて帰るから」

「よろしく、お願いします!」

「ん、任せて」


 そしてルサルカは冒険者ギルドに向かう。


 海に面したこの街のギルドらしく、白い石壁が良く目立つ


 この街に来てからそれなりに時間は経ち、よく散歩もしていたので迷うことはなかった。

 

「さて……」


 無造作に扉を開くと、本来酒場として機能していたはずのギルド内部はグチャグチャになっていた。


 あちこちに鮮血が舞い、木造のテーブルやイスは満足に残っておらず――。


「あーあ、これは中々派手にやったね」

「……ルサルカ、さん」

「やあアレス。ご機嫌かい?」


 ギルドの中央。そこには中年の男の首を片手で持ち上げながら締めるアレスがいた。

 

「ぎ、ぐ……た、たすけ――っ」


 首を絞められた男は、両足をバタバタとする。アレスは十二歳とは思えないほど発育がよく、大の大人よりもずっと大きい。


 冒険者の男も鍛えているのは見ればわかるが、暴れようともびくともしない。


 そしてそんな冒険者を見るアレスの瞳は鋭い。とてもこの間、ご飯をマイペースにお代わりした少年とは思えなかった。


「こいつらは、クーを傷つけた」

「うん、そうだね。だけどそれはクーリアの家族、エレンがしっかりと報復するさ」

「……でも」

「お前が相手を傷つけていい道理はないんだよ?」


 鋭い眼光で睨みつけてくるアレスを、ルサルカは真っ向から見つめ返す。


 そうしてしばらくの間無言で見つめ合い、アレスは黙って男を手放した。


「うん、いい子だ」

「ごめんなさい、俺……」

「大事な子が傷付けられたんだ。我慢できなかったんだよね?」

「うん……」


 大きな身体。見た目だけなら青年だが、本来ならまだ両親に甘えていてもおかしくない年齢だ。


 そんな子が、歴戦の冒険者が集まるギルドで暴れて無傷というのは、とんでもないことだろう。


「アレスは強いけど、弱いね」

「俺は、強くなんてないよ……」


 返り血の付いた己の身体を見下ろしながら、アレスは悲しそうにつぶやく。


「今回だって、本当はクーのためじゃなくて自分のためだった」

「そうなの?」

「うん。時々、無性になにかを壊したくなる時があって、それで俺……クーを利用したんだ」


 そうして語るアレスは、見た目と違ってとても小さな幼子のようだった。


 生まれたときから異常に力が強く、大人でも壊せない物を簡単に壊せてしまった。そして、その破壊した瞬間がとても気持ちよく思えた。


 年齢に似合わず身体はどんどんと大きくなっていき、それと同時に子どもらしい無邪気な行動。


 物を壊し、虫を壊し、そしてたまたま外に出た時に魔物まで壊してしまった。


 守るつもりで行動したはずが、いつの間にか壊すことを目的としてる自分がいるのはどこかで気付いていた。


 それでも自分の衝動は止めることが出来ず、それが両親にはとても恐ろしく思われてしまい、気付けば近くには誰もいなくなっていて……。


「お母さんもお父さんも、俺のことを怪物だって……」

「そうなんだ」


 ルサルカは改めてギルド内を見渡す。


 冒険者というのは、決して弱い存在ではない。魔物を狩るのを専門としてる者がほとんどなのだから、当然だろう。


 そんな彼らをアレスはたった一人で叩きのめしてしまった。Aランクを名乗る男は今公爵家に捕まっているとはいえ、あの男だけではなかったはずだ。


 ギルド内に転がっている男たちがそのレベルの実力者だったとはさすがに思えないが、強い冒険者もいたと思う。


 それが、まだ成人にもなっていない少年によって全滅させられた。それも、ギルドの幹部もろとも。


「ごめんね。俺、大人しく捕まるよ」

「いや、いいんじゃない? こいつらだって冒険者なんだし、負ける方が悪いってよくわかってるからさ」


 見れば、怪我こそしているが死にそうなのは一人もいない。


 今回、先に手を出したのはアレスとはいえ、彼らだって無抵抗にやられたわけではないだろう。


 冒険者同士の喧嘩なんて日常茶飯事。この程度でいちいち目くじらを立てるようなのは、冒険者失格だと思う。


 なにせ常に死と隣り合わせの職業なのだ。大多数は弱い方が悪い、くらいの気持ちでいるものだ。


 そんな風に軽く答えると、アレスは目を丸くした。そこに、最初にあった狂気はもうない。


「とはいえ、手を出したのはお前だからね。ちゃんとごめんなさいはしようか」

「あ……うん。ごめんなさい」


 アレスは素直に謝ると、テーブルに埋もれてたり、あちこちに倒れている冒険者たちを拾い上げていく。 


 そうして一通りまとめると、ルサルカが回復魔法をかけてやった。これで、文句は言わせない。


「さあ、それじゃあ帰ろうか。クーリアが心配してる」

「うん……ルサルカさん、ありがとう」

「どういたしまして――」

「なん、じゃこりゃぁぁぁぁ⁉」


 そうして解決解決、と外に出ようとしたところで、冒険者ギルドの惨状を見て叫ぶ男が現れる。


 ――せっかく解決したのに、面倒臭そうなのがまた来た。


 そんなことを思うルサルカであった。

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