第25話

 クーリアに魔法を教え始めてから一週間。


 さすがに毎日魔法漬けというのも大変なので、この日は休養日とすることにした。


「クーリアはどうですか?」

「中々優秀だね。この調子なら、その辺の冒険者ならすぐに倒せるようになる」

「それは良かった」


 エレンは微笑み、紅茶を飲む。

 ルサルカはそれを正面から見て、やはり絵になる子だなと思いながら自分も与えられた紅茶を一口。


 休みを与えると、クーリアはアレスのところに遊びに行った。


 本当はもっと早くに会いに行きたかっただろうに、よく我慢したものである。


「エレン的にはいいの?」

「アレスとクーリアのことですか」

「うん。いくら好き合ってても、平民と公爵令嬢じゃさすがに釣り合わないでしょ?」


 そう言うと、エレンは少し考えながら優しく微笑む。


「やはり、愛し合った人と結ばれるのが幸せだと思います」

「ふぅん」

「別にクーリアは後継ぎというわけでもありませんし、私がいればオルレアンは安泰なので」


 その意味深な言葉にルサルカは少しだけ訝し気な表情をするが、彼女が言う気がないのは以前の会話から分かっていた。


「あのぉ……そういう話は俺のいないところでしてくれませんかねぇ」

「いいじゃないクドー。両手に花状態だ」

「こんな命にかかわりそうな花、ぜってぇ近づかねぇ……」


 ルサルカの隣に座りながら肩身狭そうにしているのは、奴隷商人のクドー。


 以前クーリア救出の際に案内役を買って出て以来、ずっと公爵家で匿われているのである。


「クドー様、申し訳ございません。恩人である貴方様をこのように軟禁状態にしてしまって……」

「ああいえ、エレンお嬢様が謝らないで下さい! 俺を守るためだってのはもちろん理解してますから!」


 いちおう冒険者ギルドにはバレないようにしたつもりだが、それでもどこに目や耳があるかわからない。


 今回の件、ルサルカが暴れた結果、冒険者ギルドはとてつもない被害を受けた。


 その報復に、クドーが巻き込まれないとは言い切れないのが現状だ。


「まあもう少しもすれば、そっちも解決するんでしょ?」

「はい……冒険者ギルドには痛い目に合ってもらいます」

「まあ物理的には私がやったけど、権力的にはエレンの方がきっとダメージを与えられるから、どうなるか楽しみだよ」


 ふふふ、と女性二人で笑い合う姿はとても怖い、とクドーは思った。


 そして絶対この二人を敵に回すのは止めておこうと心に決める。


「そういえば話は変わるけど、精霊宮殿って見に行ってもいいの?」

「……そうですね。今の時期は精霊様もあまり姿を見せてはくれないと思いますので、もう少し時期が過ぎた方がいいと思います」


 以前から興味のあった場所だが、残念ながら遠目で見る以外に入る手段はない。


 管理は公爵家がしているということなのでお願いしてみると、入ること自体は構わないらしい。


「どのくらい待ったらいいのかな?」

「雪解けが終えて、アクアフェスティバルの時期などがいいかと」

「なるほどね。じゃあそれまで待つか」


 あっさりと引いたルサルカだが、彼女からすれば旅は急ぐものではない。


 そもそもアクアフェスティバルは見たいと思っていたので、最低でもそのくらいはこの街に滞在する予定なのだ。

 

「つーかお前、なに普通に旅に出ようとしてるんだよ。奴隷だっつーの忘れてねぇか」

「あ、そうだった」

「ふふふ、構いませんよ。クーリアの命を救って頂けただけで、もう十分お返しして頂きましたから」

「そうはいきません。奴隷として売った身としては、しっかりと教育を……」

「出来る? 言っとくけど、私は手ごわいよ?」

「こいつ、開き直りやがって……」


 クドーとしても金貨一万枚という超大金で売った手前、このままこのエルフを放置するわけにはいかなかった。


 とはいえ、肝心の買い取り主がいいと言うのに、これ以上言うのも筋違いということも理解している。


「あ、でもクーリアのことはもう少し見てあげて欲しいですね」

「ですよね! おいエルフ! 聞いたかお前!」


 エレンからの援護射撃を受けてこれ幸いと声を大きくするクドーに対して、ルサルカはちょっと面倒くさそうにしたあと、考えるような仕草をする。


「ふむ。たしかにせっかく魔法を教えてるのに、このまま放置ってのもちょっと味気ないね」

「そりゃそうだ! 中途半端は良くないぜ!」

「よし、クーリアは旅に連れて行こう」

「お前それは駄目だろ⁉」

「え、なんで?」


 クドーの言葉に心底不思議そうな顔をするルサルカ。


 彼女からすれば、魔法使いの弟子となった以上、一緒に旅をしながら教えるのが一番だと思ったのだが――。


「公爵令嬢を連れまわす奴隷がどこにいるんだっつー話だよ!」

「だからいつも言ってるじゃん。ここにいるって」

「だからいつも言ってるだろ! 開き直るなって!」


 まったく頭が固いやつだ、とルサルカが小さく呟くと、その言葉が聞こえたらしくクドーは怖い顔をさらに怖くする。


「ふ、ふふふ……やはりお二人は仲良しですね」


 そうして笑うエレンの言葉に、クドーは絶望したような顔をした。


 どうやら自分と仲良しと思われるのが嫌らしい。とりあえず軽くクドーの膝を蹴る。


「いてぇ⁉ なんで蹴った⁉」

「え? なんか暗い顔してたから」

「暗い顔してたら普通蹴らずに慰めねぇか⁉」

「ふふふ」


 ルサルカが弄り、クドーが怒り、エレンが笑う。


 奴隷のエルフと奴隷商人と公爵令嬢。


 三人はそれぞれまったく違う立場でありながら、それでもその関係はあまりにも自然体で、第三者が見れば長年の友人同士のようにも見えることだろう。


「もっと早く、お二人とは会いたかったですね」


 エレンは瞳に涙を浮かべながらそう言う。その言葉はどこか、深い重みがあった。


 それに気づかない二人ではない。だがしかし、問い詰めたところで彼女はなにも言わないだろう。

 

 エレンは公爵令嬢。


 その背には広い領地の民を背負っており、貴族として様々な悪意から多くの存在を守ろうとする少女だ。


 そんな彼女が秘めている想いを、そう簡単に人に語るとは思えない。


「別にまだ遅くないよ」

「……え?」

「人の一生の中でどれだけの出会いと別れがあるかはわからない。だけど私たちはもう出会った」


 エルフに転生したルサルカは、おそらく寿命という概念はない。


 転生した時に神様に願ったときに叶えてもらった結果だから、それを後悔することはないと決めていた。


 しかしそれでも、王都でセリカや二人と別れたときに思ったのだ。


 ――友と別れ、記憶に受け継ぎ、次世代に行く。


 自分はこうして、これから先こんな感じで生きていくのだろう、と。


「エレンはまだこうして生きているし、私はきっともっと生きる。まあ、クドーはもしかしたら明日には死んでるかもだけど」

「おい」

「まあつまり、人生何十年のうち、まだエレンは二十年も生きてないんだ。だからきっと、まだ遅くない」

「……そう、でしょうか?」

「うん。私が言うんだから間違いない」

「ふふ、そうですね。ルサルカ様が言うなら間違いないですね」


 自信満々でそう言うと、エレンは心の底から笑う。

 それに満足したルサルカも笑う。


「まあ俺みたいな奴隷商人にも優しくしてくれるエレンお嬢様のためなら、どんな依頼でも受けますよ。俺の命の危険がない限りですけど」

「なんだクドー。ちょっと格好いいこと言うかと思ったらダサいね」

「うるせぇな! こちとら商人! 命あっての物種なんだよ! まあそういうことなんで、これからもお付き合い出来ればと思います。もちろんエレンお嬢様が良ければ、ですが」

「ええクドー様。そのときは是非ともよろしくお願いしますね」


 照れながらそういう大男に対して、今度はおかしそうに笑う。


 彼女にとって、この奴隷と商人二人のやり取りは、本当に楽しいものなのだった。


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