第24話

 深夜、ルサルカは一人自室で日記を書いていた。


 日課にしているわけではないが、面白いことや楽しいことがあれば書くようにしているのだ。


「ふふふ、魔法を人に教えるのは初めてだけど、意外と面白いね」


 今書いているのは今日のクーリアのことだった。

 

 魔法使いとして一番大切なのは、魔法が好きなこと。


 これに間違いはないが、才能という意味ではやはり魔術に適正があるかどうかというのは、どうしても外せない。


 今日クーリアに見せてもらったのは、どれだけの属性を操れるかだった。


 基本的に魔法はイメージとはいえ、やはりメインとなる属性というものは存在する。


 たとえばルサルカが使う浮遊魔法は風属性の延長だし、エアカッターやファイアーボールはその名の通り。


 火、水、風、土、闇、光の六属性をベースに、魔法使いたちは己のオリジナルを研究しながら研鑽していくのである。


「クーリアは結局、水と闇以外の魔法の適性はあったわけだけど……」


 普通、優秀な魔法使いと呼ばれる者で二属性。三属性操れば天才と言ってもいいだろう。


 そのうえで言うなら、クーリアは天才以上。


「とはいえ、まだまだ未熟は未熟だね」


 ふふふ、と笑いながら今日の結果を日記に書き綴る。


 魔力切れで倒れたあとに、さらに魔法を使わせようとしたときの彼女の絶望したような顔が傑作で、つい思い出し笑いをしてしまう。


 それに、どれだけの魔法の適正があろうと、同時に極めることが出来る者は極わずか。


 残念ながら、人間の寿命で複数の魔法を極めるつもりなら、二つまでに絞るべきだ。


 しかしそれは普通はなら、と枕詞が付く話。


「まあ私が教えるんだから、当然全属性きちんと覚えてもらわないとね」


 今日使えなかった二属性――水と闇に関しては、おそらく彼女の心理的な部分によるものだろうとルサルカはあたりを付けていた。


 闇はそもそもセレスティア皇国において魔の属性と言われている。そして水は――。


「我儘なんて許す気ないよ」


 そうして蝋燭の火に照らされた自室で、ルサルカは鼻歌を歌いながら日記を書き終える。


 そしてそのまま別の紙にクーリアの指導に関する書類を纏めていくのであった。


 このときのルサルカを見れば、元勇者パーティーの三人は顔を引き攣らせるだろう。


 ――ああ、ルカの悪い癖が始まった。


 そう言いながら……。




 翌日の早朝、ルサルカが中庭に行くとすでにクーリアが魔法の特訓を始めていた。


「おお、感心だね」

「……もっと、魔法が上手になりたいですから」


 昨日の鍛錬で倒れるほど魔法を使ったにもかかわらず、クーリアは疲れを残した様子はない。どうやら若いだけあって、回復力も中々だ。


 これならもっと厳しくしても大丈夫。

 

 そう心の中で笑っていると、クーリアの表情がどこか強張った様子に変わる。


「……なんか悪寒が」

「ん? 大丈夫?」

「あ、はい……多分気のせいですから」


 それが気のせいでなかったことを、クーリアはこの後すぐに思い知ることになる。


「それじゃあ今日はこれをしてみよう」


 そう言ってルサルカが行ったのは、魔法の基礎中の基礎、魔弾を作ること。


 指先にビー玉よりも小さな弾を生み出したルサルカは、やってみてと言う。


「魔弾なら……」


 そうして真似をするように、指先に球体を作る。その大きさは、ルサルカの作ったそれよりもかなり大きい。


「よし」

「駄目」

「え?」

「それじゃあ駄目だよクーリア。よく見て」


 そうしてルサルカはクーリアの魔弾と自分の物を比べる。


「最低でもこれくらい小さくするんだ」

「……」


 むむむ、と集中して小さくしようとするクーリア。だが魔弾はほんの少し小さくなるだけで、それ以上は変わらない。


「……ルサルカ様、無理です」

「無理じゃないって。現に私は出来てるでしょ?」

「そ、そんなこと言ったってルサルカ様と私じゃ魔法の年季が――」

「最終的にはこれくらい出来るようになってもらうから」


 クーリアの不満を遮り、ルサルカは魔弾をさらに小さくする。


 もはやじっと見なければわからないほど小さくなったそれを見て、信じられないという表情を作った。


「それじゃあ、やってみよう」

「はい……」


 実際の実力差を見せつけられて、クーリアは黙って魔弾に集中し始めた。

 

 端から見れば基本の魔弾をただ維持しているようにしか見えない。


 しかしその実、少女は必死に小さくしようとして、身体をプルプルと震わせていた。


 それはとても重たい物を持ち上げている戦士と同じ。もしくはとても固い金属を握りつぶそうとする様子か。


 どちらにしても、見た目以上に凄まじい負荷をかけているのは間違いない状態だった。


「はあ! はあ! はあ!」

「……最初よりちょっと小さく出来たね」

「こ、これ……すごく、しんどい……です」

「うん、知ってる」


 そしてそれだけ言うと、ルサルカは百を超える魔弾を生み出し、同時にビー玉サイズまで圧縮した。


 さらに数を増やし、もはや数えるのも馬鹿らしい数を生み出して、また同じことをする。


 そしてその内の一個を地面に向かって放つ。クーリアには見えないほど早いそれは、地面を深くえぐり――。


「どう?」

「……これがあれば他の魔法なんていらないじゃないですか」

「まあね。というわけでこれを覚えて自衛に備えよう」


 もはや過剰防衛です……と涙目で呟きながらクーリアは呼吸を整えて再び魔力の圧縮を始める。


 最初のころよりも圧縮されていくが、まだまだルサルカの言うサイズには程遠い。


「これが出来るころには、色んな魔法が使えるよ」

「ただの基礎魔法なのにですか?」

「魔法に限らず、どんなものも基礎が大事ってことさ」


 そうからかうように笑うルサルカに、少し疑わしいながらも自分より圧倒的に格上の魔法使いだというのは証明された。


 だからクーリアはもうこれ以上なにも言わず、ただ信じるのみ。


 その様子を見ていたルサルカは、内心で楽し気に笑っていた。


 最初のころのようにツンツンしていたのが嘘のように、信頼してくれてる。


 ――やっぱりツンデレだったか……。


 そんな風に努力するクーリアを見ながら、前世で使われていた言葉を呟くのであった。

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