第23話

 中庭に着くと、そこにはエレンが精霊術の鍛錬を行っていた。

 

 鍛錬と言っても、今行っているのは精霊との対話。


 そのため木陰に小さな水たまりを作り、はたから見ればそこで涼んでいるようにも見える。


 ただエレンは中々お目にかかれないほどの美少女なので、それだけでも有名画家が書いた一枚絵のようだった。


「や、ちょっとお邪魔するよ」

「あ、ルサルカ様。それにクーリアも」

「お姉様!」


 こちらに気付いたエレンが微笑む。隣を見れば、クーリアもずいぶんと嬉しそうだ。


 最初にこの屋敷にやってきた時、二人はともに難しい顔をしていた。しかし今はとても仲良しの姉妹にしか見えない。


「二人が一緒ということは、魔法の講義ですか?」

「うん。クーリアは独学で魔法を学んでるし、どのくらいできるの見ようと思ってね」

「なるほど……ではせっかくなので見学させて頂きますね」

「えっ⁉」


 エレンの言葉にクーリアが驚き、そのあとモジモジとした様子でこちらを見る。


「あの、まだ見せれられるくらいじゃないので……」

「よし、それじゃあ早速見せておくれ」

「話聞いてます⁉」

「聞いてるよ? でもさ、人が見てたら使えない魔法とか、意味なくない?」


 そう言うとクーリアは言葉に詰まる。

 たった一言であるが。ルサルカの言葉にはなんとも言い難い重さがあった。


「別に実戦をしろって話じゃない。ただ今のクーリアの実力を見たいだけだからさ」

「う、うぅぅ……分かりました。分かりましたよ!」


 そうして中庭に二人で相対する。少し離れたところではエレンが楽しそうに微笑んでいた。


「それじゃあとりあえず使える攻撃魔法、全部撃ってみて」

「え?」

「使えるやつ。あ、もちろん手加減はいらないから」

「えぇ……?」


 クーリアはルサルカの言葉に困惑した。


 魔法とは攻撃手段であり、普通に人くらい簡単に殺すことができる。


 だから当たり前の話であるが、最初に魔法を覚えるとき、敵以外の人に向けてはいけませんと習うものだ。


 クーリアは最初、本などを読んで独学で魔法を勉強した。


 その後は身分を偽って冒険者たちに教えてもらったわけだが、そこでも自分に向けて魔法を撃ってこいなどと言う者は一人もいなかった。


 クーリアは理解した。このエルフの魔法使いは、ヤバイやつだ。


「……」

「なんだか変なことを考えられてる気がするけどさ。クーリアくらいの魔法だったら一日中撃っても私に傷付けられるわけないから」

「むっ」


 ここにきてようやく、自分が舐められているのだと気付いたクーリアは、杖を構える。


 ルサルカは使える魔法を全部使っていいと言うが、そもそもクーリアはまだそんなにたくさんの魔法を使えない。


 だからとりあえず、一番強力な魔法を使う。これで一度度肝を抜いてやるのだと、そんな思いだ。


「本当に、当ててもいいんですね!」

「うん、大丈夫だよ」


 魔法はイメージ。


 この水の都が嫌いだったクーリアは、とにかく違う全く関係のない魔法を使いたかった。

 それが一番、強いイメージになると思ったから。


「む、むむむ……」


 水と対極に位置するのは火。だからクーリアが最初に選んだ魔法は火の球だ。


 彼女の頭上に現れたそれに魔力を注ぎ込み、さらに大きくなって屋敷の中庭を照らし始める。


「ふむふむ……」


 もし直撃すれば、普通に消し炭になるであろうその魔術を見てもルサルカの態度は変わらない。


 それが馬鹿にされたようにも感じて、クーリアは思い切り瞳を吊り上げた。


「もう、どうなっても知らないからね! 喰らえ、ファイアーボール!」


 クーリアが杖を振り下ろし、火球がルサルカに向かって飛んでいく。


 そのスピードは決して早いわけではなく、避けようと思えば簡単に避けられる程度。


 しかしルサルカは動かず、ただじっと火球を見つめるだけだった。


「え? ちょ、なんで避けようとしないの⁉」

「魔力構成は未熟。だけどそれでもこれだけの威力を保てるんだから、悪くはないね」


 ルサルカの正面に現れた半透明の壁。


 そこに火球がぶつかると、小さな窓ガラスが割れるような音とともにファイアーボールは霧散した。

 

 まるで、最初からなにもなかったかのように、静寂だけが残る結果となり――。


「な、あ……え?」


 それは自分の理解などはるかに超えている光景だ。


 少なくとも教えてくれた冒険者はあんな準備もなにもなくファイアーボールを止められない。


「うん、独学の割には悪くなかったね。それじゃあ次、行こうか」


 ルサルカがそう言うことで、クーリアは初めてこのエルフの少女がとんでもない魔法使いなのだと言うことを理解した。


 それと同時に、ほんのわずかに燃え始める心の灯。


 独学とは違う。そこまで強いわけではない冒険者とも違う。


「凄い……」

「ん?」

「あ、いや、その……」


 これまでただグータラしてるだけの、魔法が使えるから物珍しさに姉が買ったエルフだと思っていた。


 しかしそれが違うことを証明された。


 彼女は本物だ。本物の魔法使いだ。


「あの、ルサルカ様」

「なに?」

「私は、ちゃんと魔法使いになれると思いますか?」


 この道を選んだ最初の理由は、ただの反発心。


 精霊使いにのみ傾倒している父に、魔法使いとして大成することで見返してやるのだという気持ちだけだった。


 しかし魔法を学ぶにつれて、どんどんと自分の心を埋めてくれるような、そんな思いに駆られるようになる。


 この気持ちは――。


「なれるよ」

「っ――」

「だってクーリアは、魔法が好きでしょ?」


 透き通った水晶のような瞳でじっと見つめられると、自分の思いすべてを見透かされるようにクーリアは感じた。


 ただ一度、魔法を見せただけで彼女は自分の奥底にあるものを突き付けたのだ。


「魔法はイメージだ。想像力がモノを言う。なら、魔法が嫌いな魔法使いが上達するわけないよね」


 ルサルカの言葉は当たり前で、だけどそう簡単な話ではないと思う。


 世の中、好きなことを出来る者ばかりではないのだ。


 むしろ逆。いろんなしがらみに縛られて、やりたいことが出来ない方が多い。


 だけどもし、自分が好きなことが出来ると言うならそれは――。


「私は魔法が好きだ。この自由に表現できる魔法はとても楽しいと思う。ねえクーリア、お前はなんで魔法使いになりたいと思ってるの?」

「私は……」


 最初は反発心。だけど今は――。


「魔法が、好きだから」


 水属性の精霊使いの名門貴族、その娘でありながらも、炎でも風でも操れる、この自由な魔法が好きだ。


 家のあらゆるものが敵だと思っていたときでも、精霊たちは助けてくれなかった。だけど魔法は、努力すればするだけ応えてくれた。


「ルサルカ様、私は魔法が好きです」

「うん、なら大丈夫。クーリアはきっと良い魔法使いになれる」


 その言葉が、とても嬉しかった。頑張ろうと思った。


 そしてやはり、この目の前の小さなエルフは凄い魔法使いなのだ。それこそ、自分を助けてくれた魔女と同じくらいに。


「あの、これまで失礼な態度を取ってしまい申し訳ありません。その……ルサルカ、先生」

「お……その呼び方はちょっと嬉しいかも」

「では、これからはこう呼ばせて頂きますね」


 敬意を払おう。


 今までお金だけでやり取りをしてきた冒険者とは違う。


 彼女には、人生の先達として、魔法使いの先生として、心の底から敬意を払おうと、そう思った。


「それじゃあ続きだ。もっとクーリアの魔法を見せておくれ」

「はい! 全力で行かせて頂きます」


 そうして自分の持つすべての魔法が一つ残らず防がれて、魔力切れになり地面に倒れた。


 すでに太陽が沈み始める時間だったようで、空は紅く染まっている。


 そんな空を見上げながら、クーリアはこれからの自分がどう変わっていくのは、久しぶりに未来がとても楽しみに思うようになっていた。

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