第22話 化物と呼ばれた少年

 オルレアン姉妹の確執が無くなり、二人はこれまで話せなかったことを話したいと、そう告げて使用人たちを遠ざけた。


 そうして残されたオルレアン家の奴隷兼客人であるルサルカは、老執事のエドワードに呼び出される。


「公爵家の筆頭執事にお呼ばれするなんて、私もまだまだ捨てたもんじゃないね」

「ルサルカ様はまだまだお若くお美しい。私があと三十年若ければ、もっと情熱的なアプローチをさせて頂いていたところですね」


 ルサルカの軽口に対して彼は動じることなく微笑みを返す。


 白く染まった髪の毛をオールバックにし、年齢を感じさせないスッと伸びた姿勢。


 人の心を解すような柔らかい瞳に、年齢を感じさせる掘りの深さこそあるが丹精な顔立ちはそのままで渋さを残している。

 

 公爵家から与えられたであろう執事服には皺一つなく、彼を見たら誰もがこう思うだろう。


 彼こそ執事の理想形だ、と。


「さて、それでエドワードさんはどういった用件かな?」


 彼とはこの屋敷での生活でいくばくか関わり合いになることがあった。


 そのため彼の性格は知っている。


 主人を立てて自身は一歩身を引く。そのスタンスを崩すことはこれまで一度もなかったはずだ。


 ルサルカに対しても、エレンが客人扱いをするように、という言葉の通りに接してくれている。


 そのため今回のように、主人を通さずに話がしたいというのは少し気になった。


「ルサルカ様が、魔王殺しの英雄である『東の国の魔女ルカ』だということはお嬢様から伺いました」

「うん」

「であれば、私の望みはただ一つ。お嬢様を、そしてこのオルレアンを守って頂きたいのです」


 柔和な瞳の中に真剣さを見せながら、エドワードは深々と頭を下げる。


 されとて、これ以上語れないということを暗に示した。

 

「守って欲しいとはまた、ずいぶんと漠然とした望みだね」

「私にはこれ以上、お話をする権限がありませんので……」

「まあ、元々私はエレンに買われた奴隷だ。あの子が守って欲しいって言うなら守るし、自分でやるって言うなら見守るだけさ」

「……ありがとう、ございます」


 ルサルカはこの街に来たときから、ある不自然さを感じていた。


 それは、水の精霊が守っている都市という割には精霊が怯えている雰囲気を出していること。


 これまで精霊とそこまで関わりになかったルサルカは最初こんなものかと思っていたが、どうやらなにかしらの理由があるらしい。


「とりあえずエレンにはクーリアの魔法を見てやって欲しいって言われてるから、見てあげるつもりだよ」

「そうですかエレン様がそのようなことを……」

「ん?」


 ルサルカからすれば世間話の延長のつもりで語ったその言葉を、エドワードは真摯に受け止めた。

 

 クーリアに魔法を教えることに、そこまで考え込む様なことだろうか?


 そんな思いで見ていると、彼はいつもの柔和な笑みを浮かべる。


「ルサルカ様。クーリア様のこと、よろしくお願い致します」


 その言葉にどれだけの想いが込められているのか、ルサルカにはわからない。


 ただ一つ――。


「なんだクーリア。ちゃんとみんなに愛されてるじゃないか」

 

 公爵家に居場所がないと語っていた少女は存外、愛されキャラだったらしい。




 それからしばらく日が経ち、公爵家の一室でルサルカとクーリアは向かい合っていた。


「というわけで。これから魔法の先生になるルサルカだ」

「……」

「ん? なんか不満そうな顔してるね」

「私は、ルサルカ様に指導を頼んだ覚えはありませんけど?」


 暗に、ルカ様出せよゴラァ、と言いたげな視線。


 まあ言いたいことは分かる。先日クーリアを助けた時、彼女はルカに対して憧れのようなものを見せていた。


 しかし今回の一件は公爵家と冒険者ギルドの対立問題。そこにルサルカが割り込んだとでも思われると、今後の旅がし辛くなる。


 ましてや『東の国の魔女ルカ』が出てきたなどと公になれば、それこそ冒険者ギルドか、王国か、どちらかが潰れかねない事態になるだろう。


 現代の英雄である名は、それほど重いのである。


 それゆえに、あれは公爵家が抱えている名もなき魔法使い。これからギルドに賠償させる際も、それで押し通す算段だ。


 クーリアに対しても同じ。今回の件は政治的に非常に重いもののため、彼女にも秘密の案件となった。


「まあ心配しなくてもいいよ。これでも私は凄い魔法使いだからさ」

「へぇ……」

「あ、信じてない目だこれ」

「信じてますよ。わざわざお姉様が紹介して下さった方なんですから」

「おや?」


 エレンの名前が出てくると、途端に雰囲気が穏やかになる。

 どうやら姉妹間のわだかまりは解消したらしい。


「ふーん」

「な、なんですかその目は……」

「いやいや、一緒にお風呂に入った時とはずいぶんと違うなぁって思ってさ」

「っ――!」


 少しからかうと、クーリアは顔を紅くして視線を逸らす。


 エレンに比べて全体的に幼さがまだあり、その動きはまるで猫のようだとルサルカは思った。


「でもまあ、姉妹で仲が良いのは良いことだよ」

「そう、ですね。以前までなら考えられなかったですけど、今ならそう思います」


 そんな軽い雑談をしつつ、ルサルカは魔法の講義に移る。


「と言っても、基礎は独学で勉強してるんだよね?」

「はい。あとはあの冒険者の方々にお金を払って……」


 自分の短慮を恥じる様子だが、別にルサルカは構わないと思う。


 ――魔法使いの別名は『真理の探究者』


 魔法でもっとも大切なのは学びたいという意欲であり、そのためならどんな手段でも取ってもいい。と過激な思考の者なら言うだろう。


 今回はたとえ手段がどうあれ、クーリアの意欲と反骨精神が貴族としての在り方を超えた結果に過ぎない。


 そもそも、魔法使いにとって今回程度なら可愛いものだ。


 中には学びのために非人道的な手段を取る者も少なくないのだから。


「それじゃあクーリアがどれくらい魔法を使えるのかを先に見ようかな」

「え?」

「たしか鍛錬できるくらいのスペースが中庭にはあったよね。そこに行こう」


 戸惑うクーリアを連れて、ルサルカは外に向かうのであった。

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