第20話

 Aランクの冒険者と言えば、ドラゴンのような強大な魔物すら狩る魔物専用のハンターたちだ。


 その上にはSランク冒険者もいるが、それは一国に一人いるかどうか。


 Aランクは実質的にギルドの最高戦力といってもいい存在である。


「そんな俺様がよぉ。ちょっと幹部の孫娘に無理やり手を出しからって降格とかふざけてんじゃねえぞ!」

「なるほど、中々のクズ具合だね」

「舐めてんじゃ、ねえぇぇぇぇ!」


 バスタードソードの刀身をそのまま長くしたような、異常とも言える長さの長剣。


 一振りすれば石で出来た壁がはじけ飛ぶほどの破壊力を放つそれを、グリードは自在に操り振り回す。


 ルサルカがそれを軽いステップで躱していると、時折うめき声が聞こえてきた。


 どうやらグリードの攻撃の余波で廃墟の壁や地面が削れ、気絶していた冒険者たちにぶつかっているらしい。


 彼らはもはや満身創痍。中には瀕死の者もいる。


「ねえ、仲間が怪我していってるけど?」

「知らねぇなぁ! あんな雑魚ども、俺の仲間なんかじゃねえ!」

「まるで狂戦士だね。まったく、せっかく生け捕りにしてるのに殺されたら意味ないじゃないか」


 そう言いつつも、巨大な剣から放たれているとは思えないほどの速度にルサルカは思わず感心する。


 Aランク冒険者というのはどうやらはったりではないらしい。


 とりあえず倒れている冒険者たちがこれ以上怪我しないよう、飛んでいく破片は魔法で叩き落としながらグリードの剣を避けていく。


「こいつ! ちょこまかと!」

「私は魔法使いだからね。接近戦は得意じゃないから、ちょっと小細工させてもらうよ」


 ちょん、と地面を杖で叩く。


 その瞬間、まるで大地が生きているかのように浮かび上がり、プレス機のようにグリードを天井付近まで押しつぶそうと浮かび上がった。


「なっ⁉ くそが!」


 だが彼は腐っても歴戦の戦士。自分の足場に思い切り剣を叩きつけることで、ルサルカの魔法を打ち砕く。


 そのまま地面に着地したグリードは、すぐに動けるようルサルカを睨みつけた。


「へぇ、やるね」

「当たり前だ! 俺は元A級冒険……おい。なんだそりゃ……」

「ん? 魔法使いの基礎中の基礎、魔弾だよ?」


 魔法はイメージだ。それゆえに魔法使いごとに得意な属性や魔法は異なってくる。


 それでも物事には全て基本とされるものがあるものだ。


 今ルサルカの頭上に浮かんでいる魔弾はすべての魔法の基礎と呼ばれる魔法であり――。


「冒険者でも、魔法使いくらいいるんだし知ってるでしょ?」

「知ってるに決まってるだろうが! だがなぁ……」


 まるで子どもに言い聞かせるように、ルサルカは笑う。


 それと同時にさらに輝く光弾が増え、その数はすでに百を越えていた。


「俺もてめぇに一個教えてやる……」


 グリードは腰を深く落とす。

 これまでの血走った顔から一転して、額から汗を流し、真剣な表情になった。


「魔弾っつぅのはなぁ……そんな出鱈目な数を出せねえんだよぉぉぉ!」


 そしてグリードが一気に大地を踏みしめ飛び出した。


 ルサルカが魔弾を放つよりも早く動き、それと同時に飛び交う魔法の嵐。


「う、うぉぉぉぉぉ! ふっざけんなぁぁぁ」

 

 廃墟中を駆けずり回り、時に大剣を盾にして、避け続ける。


 躱しきれないものは致命傷にならない部位で受けて、同じ場所に留まらないように必死に逃げた。


 そのおかげか、魔弾で倒れることなく生き残ることに成功。


 並みの冒険者であれば最初の数発で倒れていたところを、彼は超人的な動きで見事躱しきったのだ。


「うん。良い動きじゃないか」


 そうしてルサルカの魔弾が完全に切れた頃、グリードはようやくチャンスを得たと言わんばかりに攻めようとして、その動きを止めた。


「はぁ、はぁ、はぁ……うそ……だろ?」

「ん?」

「なん、で……さっきよりも多いんだよ……」


 グリードの視線はルサルカの頭上。


 つい先ほど魔弾が切れたはずのそこには、先ほどの倍以上の魔弾がキラキラと輝き、その数をさらに増やしていた。


「あれくらいだとお前を倒しきれないみたいだからね。ちょっとだけ増やしてみた」

「ちょっと? これが、ちょっとだと?」


 まるで限界などないと言わんばかりと、視界一面に埋め尽くされる無数の魔弾。


 それはまるで暗い空を覆う満点の星空のようだった。


 ルサルカの言葉を聞いたグリードの表情は絶望に彩られる。


 これまでA級冒険者として強大な力を持った魔物を倒してきた。

 邪魔をするやつらは力づくで黙らせてきた。


 そんな男が今、ただ何も言えずにその場に立ち尽くすしか出来ない。


 何故なら、彼女がなにげなく放った言葉一つでわかってしまったから。


 ――この魔女は自分を倒そうと思えばいつでも倒せる、正真正銘の化物だということを。


「は、ははは……」


 思わず地面にへたり込む。


 たとえドラゴン相手でも引かずに戦ってきた男は、目の前の女性の姿をした『なにか』に、完全に心を折られてしまったのだ。

 

 さあ後は殺さない程度に痛めつけて、とルサルカが思っていると、どうやら先ほどの戦いの余波で奥の扉が壊れてしまったらしい。


 そこに閉じ込められていたであろう少女、クーリアが飛び出してきた。


「……な、なんですかこれは⁉」

「いいタイミング、ではないかな」

「え……? きゃっ⁉」


 ルサルカが気付くよりも早く、クーリアに近づく影。


 一度は心を折られたはずのグリードが駆けだし、起死回生の一手としてその首を掴む。


「う、動くんじゃねぞ化物! 動いたら、こいつの首かっ切ってやるからな!」

「ひっ――⁉」


 グリードは大剣は捨てて、その代わり腰に付けていた短刀をクーリアの首に付きつける。


 どうせ強力な武器を持っていてもこの魔女には敵わないのだと理解し、生き残るために必要な最善の動きを彼は取った。


 その雰囲気にクーリアは命の危険を感じて、涙を浮かべながら表情を強張らせる。


「た、助け――」

「黙れぇ!」

「あうっ」


 助けを求めるクーリアの頬を、力強く引っぱたく。


 態勢が整っていないとはいえ、Aランク冒険者のビンタは、彼女の白い肌を真っ赤に染めていた。


「いいか魔女! 一歩でも動いたら覚悟しろよ!」

「……それで、お前の要求は?」

「まずは杖を捨てろ! その後は両手を頭の後ろに置いて、背中を向くんだ!」

「はいはい」


 仕方ない、と呆れた様に杖を投げ捨て、言われた通り手を頭の後ろに置いて背中を向く。


「よーし、そのままだ、動くな、動くなよ。へ、へへへ……魔法使いは、杖が無ければ何も出来ねぇんだからな」


 少しずつ、グリードが離れていくのがわかる。どうやらこのままクーリアを人質に取って離脱するつもりらしい。


「は、放してください!」

「うっせぇぞ! お前はこのまま大人しくしとけ!」

「ところで――」


 背中を向けたまま、ルサルカは口を開く。


「頭上も気にした方がいいんじゃない?」

「はっ?」

「え?」


 二人がその言葉に視線を上げると、そこには先ほどと同じ無数の魔弾が輝く光景。


「あ、な、なんで杖もないのに魔法が……あ、いや違う! テメェ、人質がどうなっても――」

「お前が人質をどうこうするより――」


 ――私の魔法の方が早い。


「おごぉ⁉」

「きゃぁ⁉」

「おっと」


 そう言った瞬間、魔弾が飛ぶ。

 それは正確無比にグリードの頭部を打ち抜いて、そのまま遥か後方まで吹き飛ばした。


 衝撃でクーリアが尻餅をついてしまうが、彼女がこけるよりも先に傍に寄ったルサルカが支える。


「え? いつの間に」

「さあ、いつの間にでしょう?」


 指を口元に当てて、少し気障っぽく返す。


 ルサルカの姿であれば背も小さいので格好も付かないが、今なら中々様になってるだろうと思った。


 周囲を見渡すと、死屍累々という言葉が様になるような状態。しかし命に別状はなさそうだ。


 この場にクーリアという少女がいたこと。これにより、公爵家も正式に冒険者ギルドに対して抗議が出来る。


 つまり、彼らはそのための証人であり、人質。


 そして事情がまだ掴み切れていないクーリアは、少し困惑した表情でこちらを見上げていた。


「とりあえず帰ろう。そして、エレンに色々と聞くがいいよ」

「お姉さまに? あ、いやそれよりも……貴方は?」

「私は……」


 正体を明かそうと思ったが、それは今じゃない方がいい。なぜなら、そっちの方が面白そうだから。


「私はルカ。旅の魔法使いだよ。ただし――」


 ――世界最強のね。


 そう言うと、クーリアが尊敬した様な瞳でこちらを見てくる。


 それはとても可愛らしいものなのだが、あとで自分の正体をばらしたときにどういう態度を取られるか、ちょっとだけ怖く思うルサルカだった。

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