第19話

 この街の地図を用意してもらったクドーは、いくつかの場所を指さしながら説明を進めていく。


「この使われてない廃墟か、造船場がそいつらのアジトです。つっても、表向きは普通の冒険者。公爵家がいきなり攻め込んで間違えましたは通用しないので……」

「……公爵家の人間は使えないということですね」

「はい……」


 しかし、それ以外の手というのもまた使えない。

 なぜならこの誘拐は周囲には――特に冒険者ギルドにはバレてはいけないのだから。


「ルサルカ様」

「ん、いいよ」


 エレンの懇願するような瞳。彼女の言いたいことをルサルカはすぐに理解した。


 公爵家の人間が使えないのであれば、それ以外の信頼できる者を使えばいい。


 たとえばそう、たまたま水の都エレノールにやってきた流浪の魔法使いなど……。




 クドーの示した二か所のうち、より可能性の高い方に二人の男女が立っていた。


 一人は公爵家に案内役として頼まれた奴隷商人のクドー。


 仕事柄、荒事には慣れてこそいるが、しかし戦闘を主とする冒険者を相手にするには少し弱い。


 そしてもう一人は、黒い髪の毛を腰まで伸ばした美しい人間の魔女。


 少し大きめな樫の木の杖を持ち、灰被りのローブに女性にしては平均よりも少し高い身長。


 すらっとした体形はフードで顔が隠れているにもかかわらず、どことない色気を感じさせる。


「ふふふ。この姿も久しぶりだ」

「なんつーかお前、なんでもありだな」

「なんでもは出来ないよ」


 かつて東の国の魔女と呼ばれた姿は、前世のルサルカの姿をイメージして、しかしなぜか色々と美化されてた状態。


「ああクドー。この姿のときはルカって呼ぶように」

「ルカ……ねぇ」


 クドーが上から下までジロジロ見てきたあと、胸の部分で視線を止めたので軽く杖で小突いてやる。


 別に、わざとボリュームを盛ったわけではないのだ。


「魔王討伐の際に、勇者パーティーと一緒に戦ったって言う魔女と同じ名前だな」

「そうだね」


 遠回しに聞いてくるので、曖昧な返事を返しておく。


 ルサルカからすれば、この男にバレたところで大した痛手ではない。


 なにが危険で、どこまで踏み込んで良いか、そしてどういう立ち回りをすれば生き残れるか、クドーは長けている。


 ここで自分を敵に回すような迂闊な男なら、生き残ることは出来ないだろう。


「さて、それじゃあちょっと行ってくるね」

「本当に一人で大丈夫……に決まってるわなお前なら」

「さてね。どこにどんな危険が迫っているかわからないからさ」


 そう言いながらも、『人間の魔女ルカ』は不敵に笑いながら、まるで散歩するように廃墟に入っていった。




 水の都エレノールは非常に美しい街だ。

 だがだからといって、その全てが美しいというわけではない。


 残念ながら、どんなに綺麗に見えても、世の中にはそれと相反する汚れという物が存在する。


「あん?」


 最初に気付いたのは、入口の方を向いていたいかにも荒くれ者といった風貌の男。


 段差に座り、その横には空になった酒瓶がいくつも存在する。


 その周囲には同じように酔った雰囲気の男たちが酒盛りをしていた。


 真昼間から騒ぐ姿は、その日暮らしの生活をしている冒険者らしくて悪くない。


「一人、二人、三人……なんだ、たった十人か」


 ルサルカは廃墟に入り、そのまま男たちの方へとゆっくり歩いていく。

 

 冒険者の中にはチームを組んで動く者たちが多い。


 さらにチーム同士をいくつかかけ合わせてクランを結成し、拠点を作るものだ。


 大規模クランであれば、大貴族や王族から直接依頼が入ることもあるくらい権力を持つことになる。


 とはいえ、そんなクランは両手で数えるほどだけ。


 ほとんどが日銭を稼ぐために、こうして使われていない廃墟などで雨よけをする程度のものだ。


「なんだぁ? おいお前ら、いつの間に女呼んだんだよ?」

「俺じゃねえよ。お前か?」

「いんや。でもへへへ、ローブで隠しててもわかるくらいいい女じゃねえか。俺にも遊ばせろよ」


 そんな下卑た顔をする男たち。

 しかしそれも、お互い尋ね合った結果、全員が首を横に振ることで怪訝なものに変わる。


 こんなところで寝泊まりしているような輩だ。当然、女性を呼ぶ金などあるはずがない。


 ましてや足元に転がる酒の数。とてもまともな手段で稼いだものとは思えなかった。


「これは、当たりだね」


 廃墟の奥にある扉。不自然に扉が開かないようにしているのは、中の存在が逃げ出さないようにするためだろう。


「おいテメェ! いったいなんの用だ⁉」


 ようやくルサルカの存在がイレギュラーであることに気付いた冒険者たちは、一斉に武器を構えて睨んでくる。


「なに。ちょっとした、討ち入りだよ」

「なん――ゴハッ!?」


 ルサルカがそう呟いた瞬間、最初に叫んだ冒険者が吹き飛ぶ。


「「……は?」」


 なにも見えず、ただ仲間が飛んでいく光景を見て呆気にとられる冒険者たち。


 そんな彼らに構わずルサルカは自然な動作で彼らに近づいて行った。


「あのさ、なに固まってるの? 冒険者が敵を前に止まったら、死んじゃうじゃん」

「いつの間にっ、ぎゃっ――⁉」


 軽く腕を振るう。それだけで三人が吹き飛ぶ。


「こ、こいつ――⁉」


 男は慌てて剣を構えて振り下ろしてくる。

 それをルサルカは二本の指で挟む。


「遅いし、大振り過ぎるよ」

「ひっ、なんで指で止められて――ぎゃぁぁぁぁ!」


 そのまま軽く捻ってやると剣は折れ、それが男の足に突き刺さった。


「これで五人」

「お、お前ら敵だ⁉ 一気にやるぞ!」

「だから、遅いって……」


 今更になってようやく動き出した男たち。そんな彼らに呆れを感じてしまう。


 少なくとも、ガイアスなら十回は殺してるし、レナードなら十回は説教しているくらいの遅さ。


 そして勇者セリカなら――。


「まあセリカなら、こんな風に不意打ちせずに正面から戦うか」


 そうして迫ってくる剣を避け、杖で叩き、蹴り飛ばす。


 冒険者というのは魔物を倒すべく鍛えられた戦いのエキスパート。


 しかしこうして誰もがそんな力を持つことなど出来るはずもなく、こうして落ちぶれて日々の小銭を漁るような者もいる。


「まあせいぜい、Eランクってところだね」

「ひ、ひぃ!」


 襲い掛かってきた最後の一人を小突いて気絶させ、ルサルカは残った一人を見る。


 巨大な剣を背負ったその男は、最後の最後まで動かずこちらを注視していたことに、ルサルカも気付いていた。


「だ、ダンナ! 助けてくれ!」

「あ……」


 叩き潰したと思った一人が起き上がり、慌てて生き残った男のところに駆け出す。


 別に生き残ったからなんだ、というわけではないが、あの男は危険な殺気を醸し出しており――。


「ふんっ!」


 ゴキリ、と鈍い音が廃墟に響く。それと同時に吹き飛ぶ冒険者の男。


 助けを求めたはずが、なぜか殴り飛ばされ、声を出す間もなく息絶える。


「下らん。なぜ俺がこんな仕事を……」

「ふぅん」


 ダンナ、と呼ばれた男は憤怒の表情でルサルカを、そして辺り一帯に転がって呻いている冒険者たちを睨んだ。


「俺は、俺は元Aランクの冒険者のグリード様だぞ! それがこんなガキのお守りと雑魚どもの用心棒だと!? ふざけるなよギルドのクソ爺どもめ!」


 背中に背負った大剣を抜き、大きく振るう。それだけで廃墟が震えるような衝撃が発生し、転がっている冒険者たちは壁まで飛ばされる。


 どうやら、この男は一味違うようだ。


 ルサルカはこの廃墟に来て初めて、杖を構えるのであった。

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