第18話
視察を終えた二人がオルレアン邸に戻ると、使用人たちが騒がしいことに気が付いた。
「どうしました?」
「おっ、お嬢様! 視察お疲れ様です!」
「はい……ところで、妙に騒々しいようですが?」
「それが……」
異様な雰囲気に困惑したエレンが尋ねると、対応したのはルサルカを若いと言った老執事。
最初は言葉に迷っていた彼だが、ゆっくりとした口調で説明を始める。
「クーリアが、いなくなった?」
「……はい」
昨日から、クーリアの姿がどこにもないらしい。
屋敷の中はもちろん、街で彼女が行きそうな場所も捜索済み。
聞き込みの結果、アレスと一緒にいたところまでは分かっているのだが、そこで別れた後の足取りがつかめないという。
「今屋敷の兵士や使用人を総動員して探しておりますが、如何せんこの街は広く……」
「そう……ですか」
少し力のない声。先日の会話から、エレンが妹のことを大切に思っているのはよくわかっていた。
だからこそ、本当なら今すぐにでも倒れてしまいたいほどショックだったに違いない。
それでも気丈に振舞っているのは、公爵令嬢として情けない姿を見せられないからだろう。
「事情はわかりました。闇雲に当たっても仕方がありません」
「ですが、クーリア様が行きそうな場所は一通り……」
「ギルドは?」
「え?」
「冒険者ギルドは探したのですか?」
エレンの言葉に老執事は一瞬顔を青くして、すぐに首を横に振る。
「ギルドは駄目です。あそこは国からすら独立した組織。公爵家の管轄ではなく、弱みを見せるような真似は出来ません」
公爵令嬢の失踪という、大事件。
普通なら協力し合うべきだが、組織が違えば考え方も異なる。
特に冒険者ギルドは自由を謳う集団であり、権力を嫌う傾向にあるため、貴族との折り合いが非常に悪い。
表面上では貴族に従うスタンスを取っているが、裏では足を引っ張ることを考えているのは周知の事実だった。
それに、公爵家以外の人材を使うことも怖い。どこに他貴族の手の者が紛れているかわからないからだ。
クーリアが自ら失踪したのならまだマシだが、なにかしらの事件に巻き込まれたとしたら――。
「ああ……クーリア……」
心の底から心配そうに声を漏らすエレン。
そんな彼女を見て、ルサルカはふと一人の男を思い浮かべた。
「エレン。クドーに協力してもらおう」
「……え?」
「蛇の道は蛇、っていうにはちょっと小心者だけどね。でも、表で探せない情報とか、アイツは絶対に持ってるよ」
なにせ、危機意識だけは異様に高い男なのだ。
今回の契約含めて、公爵家から逃げ出せるように色々と根回しをしているに違いない。
その言葉を聞いて、エレンは老執事を見る。
「……ルサルカ様を連れてきた奴隷商人は、まだこの街にいましたね?」
「はい。支払いなどがありますので、場所も把握しております」
「なら、すぐにあの方を連れてきてください」
「は、はい!」
そうして公爵家に連れてこられたクドーは、応接間に案内される。
彼は部屋に入ってすぐ、奴隷でありながら優雅にお茶をすするルサルカを見て瞳を吊り上げた。
「おいテメェ! 今度はいったいなにしやがった!」
「いきなり失礼だね。なにもしてないよ」
「なにもしてなかったらこのタイミングで俺がまた公爵家に呼ばれるわけねぇだろうが!」
クドーの額からは汗がダラダラと流れ、非常に緊張しているのがわかる。
しかしルサルカからすれば心外の話だった。
実際彼女はなにもしていないし、怒られる理由もない。
ただ悪い人間が集まる場所を探すなら、悪い人間を呼んだ方が早いと思って紹介しただけである。
「あ、また目を閉じやがったこいつ」
「クドーの顔は怖いんだよ」
「この顔は生まれつきだ!」
そうしてある程度慣れたやり取りをしたあとは、だいぶ緊張がほぐれた様子だ。
知り合いが一人でもいることは、彼の心の安定に繋がったらしい。
ドカッとソファに座ったクドーは事前に用意されていたお茶を飲んで一息、ルサルカを睨む。
「……んで、実際になにがあったんだよ。理由を聞いてもあの執事はなんも教えてくれねぇし」
「公爵家がお金を惜しんで、私にクドーを殺すように命令したとかは思わないの?」
「思わねぇよそんなこと。公爵家だろうがお前だろうが、俺を殺そうと思ったらどこに隠れようと次の日には海の中だからな」
わざわざ呼び出した。そこに理由がちゃんとあるのだと分析したうえで、やってきたクドーは中々に賢い。
こんなことを言っているが、殺されないために色々と裏工作をしているだろうとルサルカは予想している。
もし公爵家からの呼び出しから逃げていたら、犯人として追われていたことだろう。
やはり中々危機察知能力の高い男だと思った。
「まあそれは、エレンに聞いたらいいと思う」
「……嫌な予感しかしねぇなぁ」
「その予感は的中してるから、安心していいよ」
「安心できる要素が一つもねぇよこの馬鹿!」
そしてしばらくして応接間の扉が開き、エレンがやってくる。
着ているのは以前ルサルカの交渉をした時と同じワンピースタイプの正装だ。
つまり、これは公爵家の公的な話と言うことであり、それを理解したクドーは心の底から嫌そうな顔をした。
「クドー、その顔は失礼だよ」
「ん、んんっ」
ルサルカの指摘を受けてクドーは営業スマイルを浮かべるが、顔の引き攣りは止められていない。
本当に嫌なんだなぁ、と思いながらルサルカは他人事のようにお茶を飲んだ。
「つまり、そのクーリアお嬢様を探す手伝いをしたらいいんですね?」
「そうです。クドー様なら、きっと我々が知らない情報も持っているだろうからと、ルサルカ様が」
それを聞いた瞬間、「やっぱりテメェが原因じゃねえか」と言う風に睨んできたので、ルサルカは軽くティーカップを上げて笑っておいた。
「悪いやつが集まる場所とかそういうの、調べてるでしょ? 悪いやつの顔しているし」
「この顔は生まれつきだよこの野郎!」
「知ってるよ。前も聞いたからね」
結局、項垂れながらも自分に選択肢がないことに気付いていたため、クドーはすぐに了承する。
「とりあえず、ギルドに所属してる冒険者の一部が公爵家に対して怪しい動きをしてるってのは聞いています」
そう語り始めたクドーは、いきなり連れてこられたとは思えないほどスムーズに話を進めていく。
「元々素行の悪い冒険者だったらしいんですが、どうもここ最近は人が変わったかのように親切になったんだと。ついでに羽振りも良くなって、調べてみると一人の少女に魔法を教える対価としてお金を貰ってたらしく」
「それがクーリアだと?」
「おそらくは。ただその冒険者たちも大した腕じゃないので、誘拐のような大それたことは出来るとは思えないんですよね」
そこでクドーは一度、自分の頭の中を整理するようにカップに口を付けて目を閉じた。
少しの間なにかを迷うように黙り込んだが、決心がついたのか口を開く。
「……詳しく調べてみたら、どうもギルドの幹部の一人がその冒険者たちに近づいていたんですよ」
「なっ⁉」
「冒険者ギルドからすれば、その領地の貴族っていうのは目の上たんこぶですから……つまりまあ、そういうことです」
歯切れの悪い言い方をしたのは、この情報を話したことでクドーは完全に冒険者ギルドと敵対することになったから。
もちろん組織である以上それぞれの考え方はあるにしても、貴族に情報を売ったことがバレれば、どこのギルドに行っても敵扱いだろう。
「……貴重な情報ありがとうございます」
「いえ……その代わり」
「はい。クドー様の安全と、この情報源は必ず守らせて頂きます」
その言葉に心底ほっとした顔をする。
冒険者ギルドは国すらまたぎ、どの街にも存在する。
教会と双璧を成すこの大陸でもっとも影響力の強い組織の一つであり、最上位の冒険者ともなればそれこそ世界最強クラスの実力者だ。
そんな組織と敵対してでもエレンの味方をしたのは――。
「ん? なに?」
「いんや……お前を拾わなかったら、俺の人生はもっと平穏だったのかねぇ、と思っただけだよ」
「無理無理。クドーはなんか苦労しそうな顔してるから、一生大変だよ」
「そんな怖い予言してんじゃねえよ!」
クドーは危機察知能力に長けた男だ。だからこそ敵対してはいけない存在を感じ取り、優先順位を付けた。
セレスティア皇国の四大貴族であるオルレアン公爵家。大陸をまたにかけて権力を持つ冒険者ギルド。
そんな二大巨頭よりも、このルサルカ・シルフガーデンというエルフと敵対する方が不味い。
その判断が正しかったかどうか、それはこの後の出来事でよくよく身に染みるのであった。
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