第17話
オルレアン領の村々を回りながら、改めてこの世界の冬は怖いとルサルカは思った。
飢えと寒波、この二つが同時に襲い掛かり、そして人々の心を削っていくのだ。
弱った心は敵を作りたがる。
そしてこういう村々にとって、もっとも敵にしやすいのは身近な存在ではなく、領主や貴族だ。
本来はそうならないよう貴族たちは政治に領地運営にと精を出すべきなのだが、人は中々足元まで目が届かない。
だがそれも仕方がないことだった。みんな、目の前にあるものを守るだけで精一杯なのだ。
そんな中、自らの足で村々を回って支援を行うエレンは立派だと思う。
たとえそれが一時しのぎであっても、偽善であっても、それに救われる人はたしかにいるのだから。
「魔王討伐が偉業なんて言われてるけどさ、本当はこういった小さな善意の積み重ねが世界救うのかもね」
エレンは村の子どもたちを集めて、一緒になって笑い合う。
この村にやってきて三日が経つが、最初のころに絶望していた村とは到底思えないほど、村には笑い声が広がっていた。
大人にとっては領主が自分たちを見ていてくれている安心感から。
子どもたちはたくさんご飯が食べられるようになったから。
「それじゃあみんな、次はなにをして遊ぶ?」
「かくれんぼ!」
「かくれんぼかぁ……雪がちょっと危ないし、お姉ちゃんはもうちょっと見える奴がいいなぁ」
「それなら……雪合戦!」
そうしてエレンは子どもたちと遊ぶ。
遠くからその姿を見ていたルサルカは、とても微笑ましいものだと思った。
エレンはこれが、根本的な解決にならないと言った。しかしルサルカの考えは違う。
きっとこの村の人々は、エレンの行為を忘れない。感謝を忘れない。
いずれこの行為が、彼女とオルレアン領を救うことになるはずだ。
たとえ理不尽な世界であっても、そうあって欲しいと願うくらいは許されるべきだと思う。
「そうじゃないと、世の中不公平だからね……おっと」
ルサルカを狙って、雪玉が飛んでくる。
見れば子どもたちが両手に構えて、こちらを見ながらニヤニヤと笑っていた。
どうやら一人参加せずにいることは許されないらしい。
「やっちゃえー!」
「わーい!」
子ども特有の、いたずら心満載でルサルカを狙って雪玉を投げてきた。
多勢に無勢。本来なら撤退を推奨されるべき状況だ。
だが、ここにいるのはかつて魔王を滅ぼした、世界最強の魔法使い。
「いいよ、遊んであげる」
ルサルカはワイワイと雪を投げ合っているエレンたちに、ゆっくりと近づき始めた。
魔法で空中に作り出した、数百を超える雪玉を空中に生み出しながら。
「「「ぎゃー」」」
「ちょっ、ルサルカ様⁉ 子どもたちの遊びにそれはずるい!」
「ずるくない」
そうして一斉に雪玉を発射し、ルサルカは最後の一人として雪景色に立つ。
「空しい勝利だった……」
「そ、そう言うなら手加減を……」
「私は、遊びだろうとなんでも全力でやる主義だ」
その言葉にガクっと項垂れるエレンと、その後も全力で立ち向かってくる子どもたち。
そこには笑いが絶えず、たまにはこういう日があってもいいなと思うルサルカであった。
エレンと一緒に村で寝泊まりしている家に戻ったルサルカは、雪で濡れた服を乾かす。
風と火の魔法を合わせることでドライヤー代わりにしつつ、空中で服をクルクルと回転させればシワ無く綺麗に乾燥できるのだ。
「ルサルカ様の魔法の使い方は不思議ですね……」
「そうかな?」
「はい、魔法使いというのは攻撃魔法に重きを置いているとよく伺います」
「まあ、つい一年前までは魔王軍との戦争中だったからね」
人と魔族の戦いは、長い歴史の中でお互いを殺し合う技術を発展させてきた。
同時にそこから生活を豊かにする魔道具なども生まれたわけだが、魔法に関しては相手を殺す手段として見られてきた部分はたしかにある。
「私は、魔法はもっと自由であるべきだと思うんだ」
「自由……?」
「うん。だってこんなになんでも出来るんだよ。だったら、楽しいことや楽できることに使う方が賢いってもんさ」
服を乾かし終わったルサルカは、軽く伸ばしてみて満足げに頷く。
「そのうち、洗濯屋でも始めようかな」
水魔法で油を乖離するなど、おそらく自分に落とせない汚れはない。
そしてこのドライヤー魔法と、しわ伸ばし法によって綺麗な服を維持できる。
完璧ではないだろうか。
そんな風に自画自賛していると、エレンがクスクスと笑う。
「ルサルカ様の場合、ちょっと冒険者として活躍すればすぐに大金持ちになれますよ」
「人生には豊かさが必要だからね。もちろん冒険者も楽しいけど、それだけだと飽きた時に惰性になっちゃうでしょ?」
「そうかもしれませんね」
せっかくの異世界。せっかくの旅。
ルサルカはその地域ごとの特色や、経験をしたいと思う。
「……ルサルカ様、お願いを聞いて頂いてもよろしいでしょうか?」
「ん? どうしたの改まって」
「クーリアのことです」
真剣な表情で佇まいを正すエレンに、ただごとではないなと思ったルサルカも真面目な顔をする。
「あの子には精霊使いとしての才能はありません」
「うん」
それは以前本人からも聞いているし、見ていてもわかる。
「我々オルレアン家は精霊使いの名門。しかしあの子は落ちこぼれとして、父からも見放されてしまいました。その結果、魔法使いとしての道を選ぼうとしているのですが……」
「反対なの?」
「いえ。ただどうも、魔法を覚えるためにあまり良くない人間たちに近づいているようでして……」
元々、精霊使いと魔法使いというのはあまり相性のいい存在ではない。
エレンのように偏見のない者も当然いるが、公爵家全体がそういう雰囲気であるわけではないらしい。
特に公爵は魔法使いのことをあまり良く思っていないらしく、クーリアに魔法の勉強ができる環境を与えなかった。
そのため、独学で魔法を学び始めたのだがそれも限界。
気付けばあまり質の良くない冒険者たちから魔法を学び始めたという。
「公爵家の力で排除すればいいんじゃないの?」
「それをすればクーリアはより公爵家を憎むでしょう」
「難儀だねぇ」
それならば素直に学ぶ環境を作ってあげればいいのに、とルサルカは思った。
同時に、まあそれが出来るなら苦労はしないかとも考える。
貴族というのは見栄とプライドが服として来ているような存在が多い。
話を聞く限り、オルレアン公爵もそのタイプのようだ。
「それで、改めて頼みって?」
「クーリアに、魔法を教えてあげて欲しいのです。本当は私がルサルカ様から学び、それを教えて上げられれば良かったのですが……」
これまでエレンのスケジュールを考えると、とても魔法まで手を出せる状況ではないだろう。
それにせっかく精霊使いとしての才能もあるのだ。ならば無理に魔法を覚える必要などない。
ただ、ルサルカにはどうも彼女が何かを隠してるんじゃないだろうかという思いがあった。
それがこちらに対する悪意のないものではないことは分かるが――。
「ふぅん……まあいいよ」
「本当ですか⁉」
「うん。元々エレンに教えるって約束をしてたのが、クーリアに代わるだけだしね」
ただ、あのツンとした少女が素直にこちらを受け入れてくれるだろうか。
それだけが少し悩ましいところである。
「まあ、なんとかなるか」
クーリアは姉であるエレンに対して思うことはかなりあるようだから、いざという時はアレスにも協力を頼もう。
彼の言うことなら、きっと恋する乙女は素直に聞くはずだ。
「それじゃあ帰ったら、さっそくクーリアを誘ってみるか」
「ありがとうございます」
気になるのは、やはりエレンの対応だ。
彼女がクーリアのことを大切に思っていることは、よく理解出来る。
だというのに、いざ屋敷で顔を合わせた時はその雰囲気を出さない。
まるでわざと突き放すような、少し冷たい態度を普段から取っており、この差はいったいなんなのだろうかと疑問に思った。
「ねえエレン」
「はい?」
「エレンは――」
そこまで言って、言葉を切る。
無理に聞き出す必要など、どこにもないことに気が付いたからだ。
エレンはクーリアを大切に思っている。それだけ理解していれば、特に問題ない。
「なんでもない。クーリアは、良い魔法使いになると思うよ」
「……ええ。私も、そう思います」
ルサルカの言葉に、心の底から嬉しそうに笑うエレン。
やはり、彼女は妹を大切に思っている。
そう確信するルサルカであった。
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