第14話

 日が沈み始めたので屋敷に戻ると、いつも通り客人として丁寧に扱われる。

 

 勇者パーティーの一員として『東の国の魔女ルカ』を名乗っていたころは貴族に接待されるのもよくあることだった。


 だが『なぜか客人扱いの奴隷のエルフ』を使用人たちがどう思うのかは少し気になる。


 そう思って近くに控えていた老執事に尋ねると、「優秀な魔法使いはそれだけで尊敬されるものです」と返される。


 この国はどちらかといえば魔法より精霊術の方が上だという風潮があるのに、少し不思議な話だ。

 

 しかも公爵令嬢であり、ルサルカの主人であるエレンは優秀な精霊使い。


 精霊使いと魔法使いは残念ながら相容れない。


 敵視をしているわけではないが、両立するのはとにかく大変なのである。


 エレンがルサルカから魔法を習いたい、と言っていたものの、実際そんなことをする余裕もなく公務と精霊使いとしての修行に追われているのが現状だった。


「あ、エレンだ」


 屋敷の廊下を歩いていると、中庭で精霊術の練習をしているエレンが目に入る。


 彼女の周囲には水色の精霊たちが集まっており、楽しそうに踊っていた。


「ふぅん。やるね」


 王国には精霊使いはほとんどいなかったため、ルサルカも魔王討伐の旅をしていたころに出会ったのは極々わずか。


 そんな精霊使いたちが全員集まっても、今のエレンほどの精霊は集められないだろう。


 精霊を信仰するセレスティア皇国。その公爵家だけあり、素晴らしい才能だ。


「ルサルカ様も、精霊術に興味がありますか?」


 老執事の言葉に、首を横に振る。


「興味はあるけど、私は精霊たちに嫌われてるから」

「嫌われている? とてもそうは見えませんが」


 ルサルカの周りには、小さな精霊にもなりきれていないマナたちが集まっていた。


 このマナが周囲の魔力をさらに吸うことで、いずれ精霊に成長するらしい。

 

 とはいえ、ほとんどのマナが精霊になる前に他の人間たちに魔法や精霊術の力として使われてしまうため、力を溜め切れない。


 結局、今いる精霊たちというのは何億というマナから選ばれたわずかな存在。


 ――まあそれは人間も同じか。


「精霊たちってさ、私の魔力だけ吸って全然こっちの言うこと聞いてくれないんだよね」

「なるほど」


 精霊には意思があるので、当然ながら好き嫌いといのがある。


 先日のエレンの話ではルサルカの魔力は精霊にとっては極上のデザートのように美味しいらしいが、ルサルカの言うことを聞いてくれた精霊は今まで一体もいなかった。


「それは、ルサルカ様の魔力があまりにも濃すぎるからかもしれませんね」

「ん? そうなの?」

「ええ。精霊たちは魔力を対価に力を貸すと言われています。しかしそれはある意味、無理やり精霊たちに魔力を食べさせる行為。彼らがつまみ食いする程度であれば問題なくとも、魔力が濃い方に精霊術を使われると無理やり酒を飲まされているようになるため、精霊も嫌がるのです」

「へぇ、そういうものなんだ」


 故郷であるシルフガーデンでは魔法ばかり覚えてきたし、旅の中で精霊術師と関わることはほとんどなかった。


 そのため知らなかった知識であるが、それなら納得だ。


 酒をちびちび舐めるのが好きでも、ボトルごと一気に突っ込まれれば飲み切れない。


 そんな分かりやすい説明をしてくれた老執事に感謝しつつ、再び中庭で頑張っているエレンを見る。


「エレンは優秀な精霊使いなんだね」

「ええ。歴代のオルレアン家から見てもおそらく随一の才能。神童と言っても過言ではありません」

「……その割には、ずいぶんと必死に見える」


 決死の様相で、遠目からでもわかるほど汗を流し、疲労も溜まっているだろう。


 それでも妥協せずにひたすら精霊たちと術の練習をしている姿は、余裕ある公爵家の令嬢とは到底思えない。


 むしろ、軍隊に入った兵士たちのように、ひたむきに、がむしゃらに己を痛めつけているようにしか見えなかった。


「なんでエレンはあんなに必死なの?」

「それは……」


 ルサルカの質問に、老執事は答えない。

 理由はある、しかし言えないということだろう。


 精霊使いにとって、精霊とのコミュニケーションが重要だというのは聞いたことがあった。


 そのため修行と称して精霊たちと戯れることもよくあるという話だが、今のエレンを見てその雰囲気が当てはまるとは到底思えない。


「ふぅん……」 


 これはなにか事情がありそうだ。

 

「まあ今は聞かないよ。私の目的は、世界中を楽しく旅をすることだけだからね」

「……ありがとうございます」


 だが仮に、もしエレンが助けを求めたとしたら自分はどうするだろうか。


 そこまで考えて、答えは決まっていた。


「今の私は、エレンの奴隷だもんね」


 窓の外で頑張る少女は、決して社交界で華やかに笑う少女ではない。

 ただひたむきに、なにか目標に向かって進む戦士だ。


 普通なら、貴族の令嬢らしくしろとでも言われてしまうだろう。


 だがルサルカには、そんな貴族の令嬢たちよりも今のエレンの方が美しく見える。


「だから、精霊たちも集まるんだろうね」


 精霊には意思がある。当然好き嫌いもある。


 そしてきっと、多くの精霊がエレンのことが大好きなのだ。


「頑張れ若人。その道はきっと、間違ってない」

「ルサルカ様も若いではございませんか」

「私はもうすぐ五十歳だよ」

「なるほど……エルフは見た目ではわかりませんな。もっとも、私はもう六十を超えておりますので、やはりルサルカ様はまだまだお若い」

「はは、口が達者だね。まあでも、悪い気はしないよ」


 そんな風に老執事と二人で窓の外を眺めながら、頑張る少女を応援するのも悪くないなと思うルサルカであった。

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