第13話
ルサルカは初めて屋敷で会った時、クーリアという少女はとても気難しい貴族の少女だと思った。
姉であるエレンを睨む姿はとても姉妹仲良しには見えなかったし、自分のこともあまり良く思っていないのだから当然だろう。
しかし今、こうして幼馴染だという少年と一緒にいる姿は年相応で、中々に愛らしい。
ツンとした様子は相変わらずだが、愛嬌がある。
アレスは平民で、クーリアは大貴族の娘。
仲間たちには自由に生きていると言われていたルサルカだが、世の中しがらみというのは中々抜け出せないことも知っていた。
ルサルカから見ればお似合いの二人でも、残念ながら世間は認めてくれないし、二人が結ばれるということはない。
それが、貴族というものだ。
「いやーしかし、よく食べたねぇ」
テーブルの上には空になったお皿の山。
自分が十人いないと食べきれない量を一人で食べてしまった少年を見て、いったいどこに入っていくのか不思議で仕方がなかった。
「もうアレス! お行儀が悪いわよ!」
「ご、ごめんねクー。美味しかったからつい……」
小さな少女に怒られる筋肉隆々の少年、というのはとてもシュールで面白い。
つい笑っていると、クーリアが真剣な表情で睨みつけてくる。
「それで……足りますか?」
「……ぎりっぎりかな」
その言葉に、ホッとした様子を見せる。
どうやらクーリアは食費の心配をしていただけで、自分に対してなにか強い想いがあるわけではないらしい。
いつも睨んでくるから嫌われているのかと思ったが、そうではないようだ。
「それじゃあちょっと会計に行ってくるね」
さっと立ち上がり入口カウンターに向かう。
テーブル会計も出来るのだが、あそこでそれをすれば、実はエレンから貰ったお小遣いでは足りていないことがバレてしまう。
「さて、やるか」
誰の視線もない瞬間を狙い、ルサルカは軽く幻影魔法を使う。
これで周囲から完全に姿を消えて、ルサルカが見えている者は誰一人いない状態だ。
ルサルカがこのまま店を抜け出しても誰も気づかないだろうが、もちろん食い逃げをしようと思って使った魔法ではない。
「いやー、こんな平和な時にヘソクリを使わないといけないとは……」
靴を脱ぎ、中敷きをめくって一枚の金貨を取り出す。
勇者パーティーとして旅をしているときに冒険者たちから教わった隠し場所だ。
いざという時に使えるよう、常に用意しているだが、実際に使うのは初めてである。
男は靴の裏に、女は服の中に。もちろん場所は――。
「もうちょっと胸が大きかったら挟めるんだけど……」
自身の平たい身体を見下ろすと、ストーンと音が聞こえてきそうだ。
『東の国の魔女ルカ』の身体はもう少しだけボリュームがあるのだが、別にそういう願望があったわけではない。
ただ前世の自分をイメージかつ、ほんの少し盛られただけである。
「まあ、そんなことは置いておいてっと」
幻影魔法を解く。
騒がしい店内で多くの視線がある中、突然現れたにもかかわらず自然に溶け込んだルサルカに気付いた者は一人もいなかった。
店を出て、クーリアたちと別れたルサルカは、再び一人で水の都オルレアンの街並みを楽しんでいた。
「そういえば、前世の最期はこんな感じの街だったっけ」
海外旅行中に訪れた、海に隣接した街。
そこで運悪く突発的な大雨に巻き込まれ、水に落ちて溺死したのが前世のルサルカだ。
海の中は昏く、絶望しか広がっていなかった。
そのせいで、この世界に転生した最初のころは、トラウマになっていて水に近寄るのも怖かったくらいだ。
「まあ結局、セリカとかと旅してるうちにいつの間にか治っちゃったんだけど」
大人しい外見と正確なくせに、意外と強引なセリカによって無理やりトラウマを克服させられたのである。
彼のおかげで克服できたのだから、感謝しか――。
「いや、あれはあれで別のトラウマになるやつだった」
恐ろしいことに、勇者パーティーは脳筋の集まりだというのがルサルカの意見である。
勇者であるセリカは頑張ればなんでも出来ると思っていたし、最強の武道家を目指しているガイアスはとにかくやればなんでも出来ると思っていたし、聖騎士であるレナードは教えればなんでも出来ると思っていた。
冷静かつ理知的に物事を考えられるのは自分だけだったな、と改めてルサルカは思う。
そんな三人に水を克服するために泳ぎを無理やり教えられて、あいつら許すまじ、という怒りがふつふつと湧いてきた。
「……まあ、おかげでもう水は怖くないわけだけど」
今なら沖に見える島までクロールだったバタフライだってバッチ来いである。
この身体は前世に比べていくらでも動くので、もちろんオリンピックだって金メダルだ。
あの勇者パーティーの三馬鹿には勝てないが。
「ふっ」
たった六年一緒に旅しただけだが、こうして思い返すとつい笑みが零れてしまう。
前世を含めると五十年近く生きたルサルカにとっても、あの旅はなによりも印象深い思い出だった。
「うん、海から流れる風が気持ちいいな」
あのメンバーは馬鹿ばかりだが、しかし気のいい仲間たちだった。
今思うと、こんな平和な世界をなんの目的もなく一緒に歩くだけでも楽しかったに違いない。
「まあ、どうせ喧嘩ばっかりだっただろうけど」
自分の作った料理を取り合うだけで喧嘩する勇者パーティー。
全人類の希望の星が、一気に墜落すること間違いない。
「それも一興か」
どうせ、もうこの世界に魔王はいないのだ。
魔王軍の残党たちはまだまだ残っているが、それもルサルカやセリカたちの敵ではないし、今更名声などあっても邪魔なだけ。
「……」
街から見える水平線。
太陽の光をキラキラと反射する海を眺めながら、ルサルカは『もし』の未来に耽るのであった。
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