第12話

 ゴンドラの漕手が紹介してくれただけあり、やって来た店はどこか物々しい雰囲気を交えながら騒がしい様子を見せていた。


 とはいえ、力仕事を主にする者たちが集まる酒場であるらしく、女性の姿は見受けられない。


 そんな店だからか、若い子どものような少女二人が物珍しいらしく、一気に視線を感じてしまう。


「中々良い感じの店だね」

「ど、どこがですか……? 明らかに私たち場違いじゃないですか」


 席に座ってメニューを見ていると、クーリアは少し委縮してしまっている。


「そんなことはないさ。アレスなんてあそこに入ってても全然違和感ないし」


 そう言って指を差したところには、歴戦の冒険者という風格を漂わせたパーティーがいた。


「ひ、人を指さしちゃ駄目です!」

「しかし男が二人に女が二人のパーティーか……しかもあれは、不味いね。」

「そうなの?」


 少しアレスが興味深そう尋ねてくるので、コクリと頷く。


「ああ。見たらわかると思うけど、あのリーダーっぽい金髪イケメンに隣の魔法使いは恋してる。と思いきや神官の女性もリーダーに恋をしてるだろ? つまりこの時点で三角関係だ」

「おお……」

「ゴクリ……」


 いつの間にかアレスだけでなくクーリアも興味深そうにしており、喉を鳴らす。


 やはり女の子らしく恋バナには興味があるようだ。


「残されたあの戦士の男は、どうやら神官に恋しているらしい」

「な、なるほど。ということは、リーダーさんと魔法使いさん、そして戦士さんと神官さんがくっつけば万事解決――」

「そしてイケメン金髪リーダーは戦士の男に恋してる」

「状況が複雑すぎます!」


 そう言われても、見たままを答えたのだから仕方がない。


「ところで……根拠はあるのですか? 私にはリーダーさんがそんな風には見えないんですけど」

「数多の冒険者たちを見ていた私が言うんだから間違いないよ。それに私は相手の好感度がどんなものかを見る魔法が使えるからね。イケメンから戦士に向けられた感情はとんでもないことになってるし」

「……え?」

「だからもちろんクーリアがアレスに向けてる感情も手に取るように――」

「だ、だめー!」

「もがが――!」


 いきなり口を押えられて言葉を遮られてしまう。


 どうやら思春期らしく、まだまだ恋心を知られるのが恥ずかしい年ごろのようだ。


 まったく仕方ないなぁ、とルサルカは心の中で笑いながら近くのテーブルに座る。


 注文した料理は海の街ということもあり、魚関係が多い。


 そしてどれもこれも、味付けが濃いながらもとても美味しかった。


 特に前世と違って新鮮な魚を食べる機会というのはとても少ないので、刺身はこの世界で初めて食べたが、どれもこれも脂がしっかり乗ってて最高だと思う。


「うんうん。やっぱり海の幸はこうじゃないとね」

「ルサルカ……様は外から来たのに、刺身を食べたことがあるんですか?」

「別に言い辛かったらルサルカって呼び捨てでもいいよ。私は奴隷だしね」

「……いえ、ルサルカ様はオルレアン家の客人です。お姉様がそう決めた以上、たとえ奴隷であってもそうなのです」

「そっか」


 オルレアン家の話題が出たからか、クーリアの表情が少しばかり強張り、自分に言い聞かせるように呟く。


 前々からわかっていたことではあるが、彼女は自分の家についてあまりいい思いを持っていないようだ。


「さて、それで刺身だったね。もちろん食べたことあるよ。ただまあ、もう今は食べられない場所だけどね」

「あ……」


 クーリアが気まずそうな表情をするから、きっと魔王軍にでも滅ぼされた土地だとでも思ったことだろう。


 ただ前世の話なだけだが、まあ説明できることでもないのであえては言わない。


「残念なのは、寿司がないことか」

「スシ?」

「うん、酢を混ぜ込んだ米に刺身を乗せて食べるんだ」

「……米を」


 このセレスティア皇国にも、アークライト王国にも米の文化はあまり根付いていない。


 ないわけではないのだが、一部の隠れ集落が育てていたり、遠い東の国にはあるらしい、という噂だけが流れてくる程度。


 パンも美味しいのだが、やはり前世が日本人としては米とみそ汁を食べたいと思うのは仕方がないことだろう。


「まあそれはその内、自分でなんとかするさ」

「そうですか」

「ねえルサルカさん、それって美味しいの?」


 そして無邪気にそんなこと聞いてくるのは、筋肉隆々の少年。


 気が付けば、テーブルに運ばれていた料理が無くなっていた。


 ちなみに、会話をしていたため、ルサルカもクーリアもほとんどの料理に手を付けていない。


「……」

「……」

「あ、お姉さん。これとこれとこれも追加でお願いします」


 アレスが発注したのは、一つで四人分はあった魚のカブト焼きや、大きな器に入ったサラダ。そして特大の魚のステーキ。


 いちおうルサルカも公爵家からお小遣いをもらっている。だから三人分の昼食代くらいは余裕のはずだ。


「……足りるかな?」

「足りなかったら、ルサルカ様を売ってもよろしいでしょうか?」

「買ってくれるところがあったらね」


 そんな他愛もない雑談をしているうちに、料理はどんどんと注文されていく。


 大人として、子どもにはたくさん食べさせてやりたい。


 奢ってやるとよ偉そうに言った手前、途中で止めるのはちょっと恥ずかしい。


 しかしそれでも、言わねばならぬときがあるとルサルカは思った。


「アレス、そろそろ勘弁してもらってもいいかなぁ?」


 傍若無人な少女だと勇者パーティ―で言われ続けたルサルカは、珍しく困惑した様子でお願いするのであった。

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