第11話

 ルサルカが片手に肉串を持ちながら街を散策していると、見覚えのある少女が目に入る。


「あれは……」


 エレンと同じ蒼い髪を肩まで伸ばした少女――クーリアが歩いているのが見えた。


 同じ屋敷に住んでいるというのに、どうやら自分は彼女に避けられているらしく初日依頼、顔を合わせたことはない。


 ただエレンと瓜二つでも髪型が違うので、すぐに気付くことが出来た。


「ほほう……デートかな? それにしてはずいぶんと身長差があるけど……」


 クーリアの隣には、遠目でも筋肉隆々の男が歩いていた。


 エレンの話ではクーリアはまだ十三歳ということだが、男の方はどう見ても十八を超えた成人だろう。


 だがそれでも男女の気配を感じさせる仲睦まじい様子だ。


「まあ貴族なら普通に年の差とかもあるし年齢差は良いとして……男の方は平民にも見えるけど」


 パッと見た感じ、明らかに貴族然とした少女のクーリアに対し、男の方は歴戦の冒険者もこれほど鍛えていないだろうと言った風貌だ。


 端から見たら貴族令嬢を守る戦士、と言った感じだった。


 とはいえ、あれほど目立つ巨漢が屋敷にいればさすがのルサルカでも見逃さない思う。


 それに、クーリアの表情は明らかに男の方を意識している。


「うーむ、気になる」


 これが公爵家の従者であれば、まだ成熟しきっていない少女の恋を見て微笑ましく見守るか、公爵令嬢に相応しくない相手との付き合いに顔を顰めるなどをするだろう


 だがそんなもの、ルサルカには関係のない話だ。


 それよりも旅先の思い出の一つとして、どのような展開が繰り広げられるのかという思いの方が強かった。


「よし」


 ルサルカは肉串を持ったまま、前から歩いてくるクーリアに向かって手を挙げた。


「やあそこのご両人、今日は天気も良くて絶好の散歩日和だね」

「貴方は……ルサルカ……様」

「お? クーの知り合いかい?」


 つい先ほどまで乙女な表情をしていたクーリアは同一人物とは思えないほど顔を顰め、隣の男性は不思議そうに首を傾げていた。


「知らない人ですね。行きましょうアレス」

「いやいや、思いっきり君の名前を呼んでたじゃないか。駄目だよそんな態度取ったらさ」


 男の方は体格こそかなり良いが、よくよく見ればその顔はまだ幼さを残しており、想像していたよりも年齢は若そうだ。


 クー、と呼ぶことからかなり親しい様子で、こうして見ると仲の良い兄弟にも見える。


 そんな二人の態度にルサルカは可笑しくなり、つい笑いを堪えているとクーリアがキッっと睨みつけてきた。


「なにか御用ですかルサルカ様? 私なんかに声をかける暇があれば、お姉様に魔法でも教えたらいいじゃないですか」

「いやなに、エレンはどうやら色々と忙しいらしくてね。せっかくだから大陸一美しいとも謳われるこの水の都を堪能していたら、見覚えのある姿が見えたから声をかけただけだよ」

「そうですか。それではもう要件は済みましたね。では私たちはこれで」

「おっと」


 不機嫌そうにそう言いながら歩きだそうとするクーリアに、少し待ったをかける。


「……なんですか?」

「人の出会いは一期一会。せっかくこうして出会ったんだ。お互いちゃんと自己紹介もしないでお別れなんて、ちょっと寂しいんじゃないかな?」


 そう言って見るのは不機嫌そうなクーリアではなく、ルサルカよりもかなり大きな身体をしている青年。


 元々穏やかな性格をしているのか、デートを邪魔したルサルカに対して思うことはないらしく、ただ少し困った様子を見せていた。


「ちょっと、なにアレスを見てるんですか?」

「いやなに、凄い筋肉だなぁと思ってさ」

「俺も別に、特別鍛えてるわけじゃないんだけどなぁ」

「へぇ、そいつは凄いね」


 見たところ、かつて一緒に魔王を倒したガイアスと比べてればさすがに見劣りするが、そこらの兵士たちよりはずっと立派な体格だ。


 立ち振る舞いから戦闘経験はなさそうだが、生まれつきの体躯というのであれば、神様から祝福を受けたのではないかと思うほど恵まれていると思う。


 まるで神話のヘラクレスのようだ、と思いつつアレスに近づいていく。


「ちょっと触ってみてもいいかな?」

「え? うん別に構わないけど――」

「だ、駄目です! アレスもなにデレデレしてるんですかイヤらしい!」


 慌てた様子でルサルカとアレスの間に割り込んでくるクーリアは、大切な玩具を取られまいと威嚇する子どものように睨みつけくる。


 とはいえ、愛らしい容貌をしているせいで怖さなどは欠片もなく、微笑ましさが先にやってきてしまうくらいだ。 


 そしてクーリアに怒られたアレスはというと、イヤらしいと言われてショックだったらしく、凹んだ表情をして大きな身体を縮こまらせていた。


「あっはっは、ごめんごめん。別にクーリアからアレスを取ろうと思ったわけじゃないんだ。許しておくれよ」


 そんな二人の様子が面白すぎて、つい声を上げて笑ってしまう。


「お詫びに、二人にはお昼ご飯をご馳走してあげるからさ」

「いりません! そもそも、貴方の持ってるお金は我がオルレアン家から支給されてるものでしょう。なにを偉そうに言ってるのですか!」

「でも今は私のお金さ。ほら、そっちのアレスもたくさん食べそうな身体してるし、肉でも食べよう。丁度さっき、ゴンドラの兄さんから美味しい店を紹介してもらったところなんだ」

「あ、ちょっと!」

 クーリアの手を引くと、彼女は口では文句を言う素振りを見せながらも、大した抵抗もせずに付いてくる。


 そして、その後ろから大きな歩幅で付いてくるアレスは、そんな自分たちを穏やかな瞳で見ていた。

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