第8話 落ちこぼれの公爵令嬢
奴隷として売られたルサルカ・シルフガーデンの新たな主人、エレン・オルレアン。
隣国であるアークライト王国の魔王討伐祝勝パーティーに参加していた彼女は、その帰り道に盗賊団に襲われることとなった。
そして王国で奴隷となり、皇国に出荷される予定だったルサルカによって救われるのである。
「とりあえず、クドーもいなくなったことだし、そろそろ私を買った理由を教えてもらってもいい?」
「はい、もちろんそのつもりです」
エレンが軽く手を上げると、部屋にいた老執事や使用人たちが全員出ていく。
残っているのは、ルサルカとエレンの二人だけだ。
「使用人たちにも秘密なの?」
「もしルサルカ様が良いと言うなら、そのときは改めて他の者たちにも説明しますが、今は二人だけで」
すでにクドーと話していた契約書はテーブルの上にない。先ほど老執事が出ていくときに持っていったのだろう。
そしてエレンは一度立ち上がると紅茶のポッドを取り、自らの手で二人分を注ぎ始めた。
カップ一つにしても相当な金額になるだろうそれをテーブルの上に置くと、ゆらゆらと温かい湯気が部屋の中に立ち上がる。
「どうぞ」
「公爵令嬢が奴隷に対してそんなことして良いの?」
「そもそも、私はルサルカ様のことを奴隷として買ったつもりは一切ありません」
「ふーん」
そのあたりの意図はいまいち掴み切れていないが、とりあえず説明をしてくれるというので、黙って紅茶に手を付ける。
「私がルサルカ様を買ったのは、貴方様の覚えを良くしたいと思ったからです」
「私の? ただの奴隷エルフだよ?」
「ふふふ、そうですね。魔王討伐をした大魔法使いルカ様?」
「……へぇ」
ルサルカは瞳を細めながら、少しだけ目の前の少女の評価を高くする。
エルフの国シルフガーデンを出て、これまでの六年間の旅の中で、ただ一度でも自分の存在がバレたことはなかった。
だというのに、エレンは確信を持って自分のことを魔王討伐したメンバーの一人であると断言したのだ。
ただ盗賊に襲われているだけのか弱い少女かと思ったら、意外とそうでもなかったらしい。
「なんでわかったの?」
「精霊たちが教えてくれました」
「ふーん、なるほどね。そこは盲点だった」
精霊自体は大陸中に存在するが、このセレスティア王国ほど精霊たちの動きが活発な国は他にない。
アークライト王国では魔法使いが、そしてこの国では精霊術師がそれぞれ超常現象を扱う者として知られているが、そもそもその性質的にこの二者はまったく別物である。
魔法使いは生まれ持った魔力と、世界に満ちる魔力を合わせて『魔法』を生み出すことに対して、精霊術師は己の魔力を精霊に食べさせることで『精霊術』を発動する。
それぞれ性質が違うのでどちらが一概に良いとは言えないが、少なくともこの幻影魔法では精霊の目はごまかせなかったらしい。
と、そこまで考えて少し不思議に思う。
「それってそもそも大魔法使いルカを知ってないと意味ないんじゃないの?」
「お忘れですか? 魔王討伐祝勝会には、私も参加していたのですよ。そこで精霊たちがルカ様の魔力を覚えていたのです」
ルサルカは幻影魔法で正体を隠していたのだが、外から見える姿を変化させていたにすぎない。
魔力を食べる精霊たちからすれば同じだったということだ。
「パーティーに参加してた時間は挨拶のときくらいで、相当短かったはずなんだけどねぇ。そっか、精霊たちは覚えちゃってたか」
「これまで食べてきたどんな魔力よりも高品質で、一度見たら絶対に忘れられないと言っていましたよ」
どうやら自分は、精霊たちからすれば極上のデザートと変わらないらしい。
たしかに自分も本当に美味しい料理の味は、早々忘れないものだ。
しかし、今後この国で活動をするうえで、魔王討伐祝勝パーティーに参加していた貴族たちにはエルフの魔法使いルサルカ=大魔法使いルカの公式が当てはまってしまうのだろう。
のんびり旅を楽しむために有名になってしまった『ルカ』ではなく、ほとんど知られていない『ルサルカ』で行動していたというのに、これは困った。
「うん。とりあえずエレンが私の正体に気付いた理由はよくわかった」
「はい。そして魔王討伐パーティーの魔法使いが奴隷……と言っていいのか微妙な立場ではありましたけれど、そんな状態にあったのであれば、たとえ金貨一万枚でも安いと、そう思いませんか?」
「なるほどね」
それを聞いて、ルサルカとしては感心してしまう。
つまり彼女は決して自分の命を助けてもらったからでもなく、単純に強い力を持った魔法使いだから大金を叩いたわけではなかったようだ。
純粋に、様々な要因を加味した中で判断した結果らしい。
見たところまだ十五歳程度の子どもだというのに、貴族としての考え方はしっかり備わっているようだ。
「中々どうして、面白いねエレンは」
「ふふ、百戦錬磨の魔法使いであるルサルカ様にそう言って頂けると、少し自信に繋がります」
おそらく金貨一万枚という数字も、自分にはわからないがこの公爵家が出せるなかで色々と計算したことだろう。
当主がいないとはいえ、彼女の独断で出せる最大の金額だったのかもしれない。
この少女はきっと、大物になる。そんな予感がルサルカにはあった。
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