第6話
大陸中央よりやや西側に存在するセレスティア皇国。
人と精霊が調和する国とも呼ばれており、火、水、土、風、そして光と闇の精霊が各地で見守り、皇国の繁栄を担っていた。
精霊信仰というのはエルフと近い考え方をしているのだが、大陸全土で見た場合はそこまで一般的ではない。
どちらかと言えば、以前ルサルカがいたアークライト王国のように、創造神を信じる単一神教の考え方が多いくらいだ。
実際に女神に会ったことのあるルサルカからすれば、宗教はやはり心の支えであるべきだと思う。
色々な考え方が合ってもいいと思うが、実際に女神になにかをしてもらおうと思うべきではないのだ。
「残念ながら、神は万能であるかもしれないけど、万物に平等ではないからね」
それが、神に出会ったルサルカの感想である。
セレスティア皇国の南東部一帯を領地とし、王国との国境に位置するのが皇国四大貴族であるオルレアン公爵。
つい先日ルサルカが助けた貴族の少女、エレン・オルレアンの生家だった。
エレンと出会ってから一週間。
元々はアークライト王国の魔王討伐パーティーに父である公爵と共に出席していた彼女は、一足先に戻っているところだった。
そこで盗賊の集団に襲われ、ルサルカに助けられることとなったのである。
それからはトラブルもなく穏やかな旅が続き、目的地である公都オルレアンに到着した。
「ここが水の都オルレアンか。噂に勝る綺麗さだね」
白亜の街、というのが第一印象か。
街全体に綺麗な水が通っており、太陽が反射してまるで精霊たちが遊んでいるかのようだ。
沿岸に作られた街というのは、本来は潮風などで建物などに錆びが目立つ。
塩害も多いため、漁業を生業とした村などを除いて、あまり海沿いに街を作ることは推奨されていないものだ。
だがしかし、この街はそんな常識を打ち砕くように、それぞれの建物は美しい白色を保っていた。
風も心地が良く、本来は濡れた手のように粘つく感触の潮風は感じられない。
そしてなによりもこの街のシンボルともされ、その美しさを際立たせているのが、海と隣接するように建てられた『精霊宮殿』。
水の精霊が祭られているという、オルレアン最大規模の建造物だ。
「あれが噂の精霊宮殿か。なるほど、凄い迫力だ」
「我々は精霊たちと共存して生きていますが、彼らの恩恵なしでは生活も出来ません。それゆえにああして敬う心を忘れずにいることで、その力をお借りしているのです」
オルレアンは水精霊の力によって繁栄を約束されている。
その恩恵は、外部からやって来たルサルカから見ても素晴らしいものだ。
普通の街であれば汚れはもちろん匂いなども完全には取り切れないものだが、ここにはそういった気配が一切なかった。
おそらく、大陸でもっとも清潔な街と言っても過言ではないだろう。
「噂に違わず綺麗な街だね」
「ルサルカ様にそう言って頂けると、自慢になります」
「そのルサルカ様っての止めない? 私はエレンの奴隷だよ?」
「まだ正式な手続きは終えてませんし、なによりも――」
そこまで言いながら、彼女は言葉を切る。
どういう意図があったのかは不明だが、本人が言う気がないならルサルカとしても追及するつもりはなかった。
「それにしても、クドーは遅いね」
公都オルレアンに入る際に、商人は中身の検閲を受けることになる。
もしそこでルサルカというエルフが奴隷として運ばれてきたことが知られてしまえば、金目的でクドーが殺されかねなかった。
それゆえに彼はあえてルサルカをエレンの客人として扱うことにし、護衛の騎士たちには話を合わせて先に街へと入らせたのだ。
「商品の検閲、馬車の片づけ。他国から入ってきた商人に対して色々と手続きが大変ですから。特に奴隷商ともなれば、取り調べにも時間を取られてしまうのは仕方がありません」
「それで自分の奴隷を放置するんだから、まったく主人として失格だね。このまま逃げ出してやろうか」
「ふふ」
そんな軽口を言っていると、エレンは可愛らしく笑う。
「本当にお二人は不思議な関係ですね」
「普通に奴隷商人と奴隷だと思うけど?」
「普通だったら、ルサルカ様が言うように逃げ出していますよ。そうでなくても、こんなに自由にしてません」
そう言われて、他の子どもたちはいちおう逃げ出しても奴隷とわかるように首に鉄の首輪を付けられていたことを思い出す。
そして、自分には最初から首輪もされていなかったことも。
「私が魔法使いで、抑えつけられないからじゃない?」
「魔法使いの奴隷用に、魔封じの首輪という物も存在します。おそらくクドー様も持っているでしょうが、それを付けないでいるのはきっと、信頼の証ですよ」
「信頼ねぇ」
エレンはそう言うが、本当は違うとルサルカは見ていた。
あのクドーという男、危機管理に関しては相当高い。
今回は想定外の規模の盗賊に襲われたせいで危なかったが、普通なら盗賊も近づかないレベルの護衛を雇っていたくらいだ。
そんな彼が、ルサルカに対して魔封じの首輪を付けない、という選択肢は本来なかっただろう。
だが、たった一人で百人を超える盗賊団を無傷で殲滅出来る魔法使いともなれば、売った後に復讐された場合の対抗手段がない。
だから彼はそこで信頼という、違う手段を取ったのだ。
――報復をされないように。
「私が逃げ出さない前提なんだから、たしかに信頼してくれてるのかもね」
そんな他愛のない会話をしていると、しばらくしてクドーが子どもの奴隷たちを引き連れて戻ってきた。
見たところ面倒なことは起きずに来れたらしい。
少しホッとした顔をしているのは、自分がちゃんとここに残っていたからだろうか。
「お待たせしました」
「やっぱりクドーの敬語はなんか気持ち悪いね」
無言で拳骨を喰らわせられる。
思ったことをそのまま伝えただけなのに、酷い話だ。
「それじゃあ行きましょうか。ようこそ、オルレアンへ」
そうしてエレンに付いて行きながら、街の中心にあるオルレアン公爵家へと向かっていくのであった。
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