第5話

「あの、タイムとは?」

「ちょっと待ってって意味。クドー、こっち来て」

「おう」


 ルサルカはクドーを連れ、一度馬車の裏で中腰になって座り込む。


 話したい内容は彼も一緒のようで、同じような体勢でエレンの聞こえないように小声で、話し始めた。


「オルレアン公爵って、そんなにお金持ちなの?」

「そりゃ公爵家だからな。ただ仮にそうだとしても、大金貨一万枚なんて家督も継いでない令嬢が欲しいからってポンと出せる金額じゃねえよ。そんなことが簡単にまかり通ってたら、いくら公爵家だって領地の経営が傾くっての」


 ルサルカの感覚では、銅貨は百円、銀貨が千円、金貨が一万円とざっくりなイメージを持っていた。


 そして大きな商談のときなどで使われる大金貨は、日本円にして約百万円の価値がある。


 大金貨一万枚といえば、百億円。


 自分が歴史的価値のある名画クラスの値段だと言われてもピンと来ないが、少なくともこの世界で取り扱われる単品商品では最高クラスだろう。


 たしかにそれを公爵本人が買うならともかく、令嬢が欲しいからという理由で買える物ではないと思う。


「それで、どうするの?」


 その問いにクドーは少し悩む仕草をする。


「そりゃあお前……本当に大金貨一万枚で買ってくれるってんなら、この場で即決だよ。わざわざ遠い皇都まで行って面倒なオークションの手続きして、そっから中抜きされるのに比べりゃ、天と地の差だ」


 貴族間のやりとりは非常に面倒だ。


 特に大金が絡むと、奴隷商人のような信用のない職種の人間は、良い様に丸め込まれてしまうことが多い。


 いちおうオークションは間に大貴族が絡んでくるため金額の不払いはないにしても、お金を払った翌日には川に死体が流れていることなどザラである。


 そういった意味では、こうしてある程度信用のおける貴族に先に買ってもらうのは悪くない話だった。


「ちなみに参考までに聞きたいんだけど、もしオークションで私が売れるとしたら、どれくらい?」

「……魔法も使えるから、もしかしたら王族なんかが一万枚で買ってくれるかもしれねぇが、まあ普通に考えたら良くて五千枚ってところだろ」

「ふーん」


 それでも世界最高のヴァイオリンより四倍も高いらしい。


 こっそり馬車の奥からエレンを覗き込むと、彼女はどこかソワソワした様子でこちらを伺っていた。


 年相応の仕草を見たところ、裏があるようには見えないが、しかしクドーの言うように金貨一万枚は少し過剰過ぎる気がする。


 悪意はなくとも、なにかしらの理由があると見て間違いないだろう。


「でもまあ、悪い子じゃなさそうだよ」

「俺としてはテメェが自分で納得できるところに買ってもらえて、金さえ貰えればそれでいいんだが……」

「え? 私の許可とかいる?」

「テメェが納得しなかったら俺の首飛ばされそうで怖いんだよ! 魔法使えるなんてさっき初めて知ったんだからな!」


 元々は大した力のない人攫いたちに黙って捕まっていたため、ひ弱なエルフとでも思っていたらしい。


 それがいきなり百を超える盗賊たちをたった一人で壊滅させたので、恐れているのだと分かった。 


 同時に、むやみやたらに力を振りかざす人間ではないと信頼してくれていることも。


「それじゃあ、せっかくの機会だし、あの子に買われてみようか」

「せっかくの機会って……いいのかよ? 俺の立場から言うのもなんだが、絶対きな臭いぜ」

「いいじゃん別に。もしなにか裏があったとしても、クドーには責任が及ばないようにするからさ」


 そう言うとクドーは少し呆れたような、困ったような顔をする。


 そして頭をかきながら、ため息は吐いた。


「奴隷商人になってから、初めて奴隷に心配されちまった……」

「クドーの初めてなんて貰っても嬉しくないんだけど」

「意味深に聞こえる言い方するんじゃねえよ! まあ、とりあえずお前がいいならいいけどよ」


 そうしてルサルカはクドーと馬車の裏から出ると、騎士たちと一緒にそわそわしながら待っていたエレンの近づいていく。


 エレンが金貨一万枚と言っても、周りの騎士たちは止めることをしなかった。


 それが単純に権力に逆らえないだけなのか、もしくはなにかしらの理由があったのか。


 仮に理由を聞いたとしても、それが悪意ある行動なのであれば本当のことを言うなどまずありえない。


「決まりましたよ。それじゃあエレン・オルレアン様にこの奴隷を売りたい思います」

「本当ですか⁉」


 自分たちが決めたことでこれほど嬉しそうな表情をするというなら、買われた側も本望だろう。


 そして買われるのは自分で、しかも大して本望じゃなかったと気付き、変なことを考えたものだとルサルカは思う。


「ただ俺としてもまさかこんな場所で商談が決まるとは思ってなかったので、出来ればオルレアン公爵家できちっと決めたいと思うのですが……」

「もちろんです! それでは一緒に我が領地まで行きましょう!」


 まるで欲しかった玩具を買ってもらえた子どものように、満面の笑みを浮かべるエレン。


 大金貨一万枚。


 前世で考えたらおおよそ百億円の買い物をされたかと思うと、お金はあるところにあるんだなと思うルサルカであった。

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