第4話
クドーはその厳つい顔に似合わない、貴族向けの態度を取る。
「失礼しました。貴族様。私はクドー。しがない商人です」
「奴隷が抜けてるけど?」
「わざと抜いてるんだよ! いちおう国公認の職業だけど印象超悪ぃだろ⁉」
「もう私が旅人未満、奴隷以上のエルフだってことは伝えてるから遅いって」
「すげー面倒くさい説明しやがるこいつ!」
そんなことを言われても、事実を伝えただけである。
「さてと、私はルサルカ。のんびり旅を楽しんでたら人攫いに捕まって、この男に買われてセレスティア皇国で売られる直前のエルフだよ」
「なあ、お前の説明悪意があり過ぎねぇ? 俺ちゃんと塩と胡椒をたっぷりかけた美味い肉喰わせてやったよな⁉」
そんなことを言われても、事実を伝えただけである。
「ふふ……」
「あ、笑った」
自分たちのやり取りにだいぶ慣れてきたらしい。
これまで緊張して顔を強張らせていた貴族の少女は、少し笑みを浮かべていた。
「クドー様、ルサルカ様、この度は命の危険を助けて頂きまして本当にありがとうございます。それに、傷を負った騎士たちの治療まで……」
「気にしなくていいよ。旅を楽しむのに、血生臭いのはごめんだからね」
「そこらで転がってる血生臭いのは無視するってわけだな。っと、俺に至っては本当になにもしてませんから、顔を上げてください」
クドーの気持ち悪い丁寧な言葉を聞いていると、凄く違和感がある。
とはいえ、さすがに貴族を相手に商人が言葉を崩すわけにはいかないのは理解していた。
ただ、このことは後でからかってやろうと思っただけである。
少女は貴族らしく白いドレスの裾を軽く摘まむと、そのまま頭を下げた。
「ありがとうございます。そういえば私の方はまだ自己紹介をしていませんでしたね。エレン・オルレアンと申します。以後、お見知りおきを」
「へぇ……」
「オルレアン⁉ 皇国の四大公爵家じゃないですか⁉」
ルサルカが感心したように声を零す一方、クドーが驚いた声を上げる。
オルレアンとは今からルサルカが向かおうとした地域の名称であり、そしてセレスティア皇国が誇る公爵家の名前だ。
思っていた以上に大物の登場に、奴隷商人のクドーとしてはどう対応すべきか悩ましいところだろう。
「オルレアンかぁ……」
水の精霊によって見守られている公都オルレアンは、大陸一水に愛された美しい街として有名だ。
ルサルカも以前から見てみたいと思っていた街である。
自分たちの態度に思うところがあるのか、少女は少し困ったように苦笑していた。
「凄いのは祖先や父ですよ」
「おおー、中々謙虚な姿勢だ」
以前いたアークライト王国の貴族はどちらかというと、典型的なプライドの高い貴族が多かった。
王女クレアもそのことに対しては散々愚痴を言ってきたものだ。
その影響か、そんな貴族の娘である令嬢たちの態度も横柄な者が多いイメージがある。
それに比べて、目の前の少女はたとえ目下の人間相手でも礼儀を忘れず、丁寧に接してくるので、その姿にルサルカは好感をもった。
「うん、悪くないね」
「悪いのはテメェの態度だよ! 公爵令嬢相手になに偉そうにしてんだこのアホ!」
「あいたっ!」
いきなり拳骨を喰らって頭を抑えていると、エレンはくすくすと笑う。
どうやら自分たちのやりとりにだいぶ慣れてきたようだ。
「……ところで、お二人は本当に奴隷と商人の間柄なんでしょうか? その、ずいぶんと仲が良いようですが」
「あーその、このエルフ、奴隷のくせに全然立場を弁えないというか……」
「クドーは中々芯の通った悪くない奴隷商人だからね。だから素直に奴隷をしてあげてるんだ」
「こんなやつでして……はい」
少し困ったような声で、クドーはこれまでの経緯を説明し始める。
人攫いについて話したときは、エレンも義憤の表情をしていたが、そもそも他国での出来事。
いくら公爵家とはいえ、そこに対してなにかを言う気はないらしい。
そもそも、王国の村人が皇国に売られることも、皇国の村人が王国に売られることも、よくある話なのである。
魔王という人類の脅威の前に、どちらも貧窮に苦しむ小さな村まで見てられるほど、これまで余裕などなかったのだから。
「なるほど、それではルサルカ様はこのあと皇都でオークションに……」
「売られるってわけさ」
「なんでテメェちょっと自慢げなんだよ……えーと、お嬢様、エルフってのは希少ですからね。欲しいやつは大金貨を何千枚だって出したいはずですから……」
「……」
全ての説明を聞いたエレンは色々と考える仕草をしていた。
しばらくしたあと、どこか覚悟を決めた表情でルサルカを見つめてから、クドーに声をかける。
「……もし、クドー様がよろしければ、ルサルカ様を我々、オルレアン公爵家が買わせて頂けないでしょうか?」
「えぇ⁉」
「おおー」
エレンの言葉にクドーが驚きの声を上げるが、それも仕方がないことだろう。
なにせ再三に渡り説明があったように、エルフというのは『超高級商品』である。
それこそ、たとえ皇国が誇る公爵家であっても、そう簡単に手に入れられるものではないほどに。
「い、いやお嬢様! たしかにこいつは礼儀もなにもないエルフですけど、それこそ何度も言うように大金貨で数千枚は間違いなく超えるやつですよ! オークションに出せば、下手をすれば五千枚は……」
「そうだよ。私はそんなお小遣い程度で買える安いエルフじゃないよ?」
「だからお前は変に偉そうな態度取るんじゃね――」
「一万出します」
「「……え?」」
エレンの言葉にルサルカとクドーは言葉を止めて、思わず彼女を見る。
「大金貨で一万枚出しますと言ったのです。それで、ルサルカ様を買わせて頂けませんか?」
「タイム」
「タイム?」
ルサルカはTの字を作りそう言うが、どうやらタイムの意味は通じないらしい。
当たり前だった。
ここは地球ではなく、異世界なのだから。
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