第3話

 ルサルカは街道の邪魔にならないよう、首と胴体が別れた盗賊たちを風魔法で浮かして一ヵ所に集めていく。


「あ、あの……」

「うん? ちょっと待って。もう少しで終わるから」

「あ……はい」


 その様子を恐る恐る見ているのは、綺麗な蒼銀色の髪を背中まで伸ばした少女だ。


 白色のドレスはどこか高級感を漂わせ、頭に付けたティアラやネックレスはおそらく、小さな村であれば数年は暮らせるだけの価値があるだろう。


 馬車に付いている家紋も合わせて、相当高位の貴族だと思う。


「うん、これで終わり」

「あ……」


 ルサルカが盗賊たちを集め終わると、少女の身体に緊張が走る。


 そしてそれは少女だけではない。

 彼女の周囲を守る騎士たちも、どうするべきか決めあぐねるように少女の傍で身体を固くしていた。


「別に取って喰おうなんて思ってないよ。たまたま旅……奴隷で捕まってる状態を旅って言っていいのかな?」

「えっと……貴方様は、その、奴隷なのですか?」

「うん、いちおうそのはず。まだ奴隷商人のクドーに商品として運んでもらってる途中だから、ご主人様はいないけどね」

「は、はぁ……」


 説明を聞いてもあまり理解した様子が見られないが、これ以上言いようがないのだ。


 たとえ自由に檻から出ようと、勝手に飛び出そうと自分はお金を払って買われて奴隷なのだから。


「まあいいや。とりあえず、そこで怪我している騎士たちを治してあげないとね」

「え?」


 ルサルカは盗賊との戦いで怪我をした騎士たちに近づいていく。


 軽い傷の者もいれば、片足や腕を無くしている者もいた。


 騎士たちは苦悶の表情を見せたり泣いたりしているが、先ほど逃げて行ったクドーの護衛の冒険者に比べて、勇敢に戦った者たちだ。


 このようなところで失っていい人材ではないだろう。


「ほら、一ヵ所に集まって。動けるやつは動けないやつのところに」

「お、いやアンタなに言って……」


 こちらの言葉に戸惑いながらも、睨んでやると慌てて一ヶ所に固まった。


「よし、これで全員だね。それじゃあ……『光よ、癒せ』」


 そう言って手をかざしてやると、キラキラと魔力の粒子が騎士たちの周りを飛び回る。


 魔法はイメージだが、そのイメージを確固たるものにするのは生まれ持った資質や魔力が必要だ。


 たとえばルサルカの前世が一流の外科医であれば、彼らの傷を癒すための魔力は少なくて良かったはず。


 だが医療関係の知識など欠片も持っていない彼女に出来ることは、妄想を現実にするがごとく、その才能と魔力で強引に癒していくことだけだった。


 ただし、ルサルカの才能と魔力があれば――。


「嘘だろ……? 俺の腕が……」

「目が見えるぞ⁉」

「お、俺の昔やっちまった古傷まで⁉ どうなってやがる⁉」


 物理法則も理屈もすべてを無視した圧倒的な奇跡を前に、騎士たちは驚き声を上げていく。


 それは騎士だけではなく、背後で心配そうに立っていた少女も同様だ。


「そんな……こんな奇跡、精霊様でも無理なのに……貴方様はいったい?」

「言ったはずだよ」


 全ての騎士たちを癒し終えたルサルカは、少女の方に振り向く。


「ただの旅人――未満で奴隷以上のエルフさ」


 我ながら面倒くさい立場だと思いながら、薄い胸を張ってそう言うのであった。




 盗賊も倒し、騎士たちも癒して自分の役割は終えたと思っていると、離れたところからクドーがやってくるのが見えた。


 いちおう現時点の主人であるし、美味しい肉を用意してくれるスポンサーだ。


 ここはきちんと対応してやろうと、手を上げて近づくと、どうやら彼は怒っているらしい。


「不味いな」


 これは面倒なことになると思って、とりあえず逃げるように少女たちの方へ戻ろうとしたところで、首根っこを掴まれる。


「おいこのアホ奴隷! 相変わらず自分の立場分かってなさすぎだよなぁお前は⁉」

「……わかってるし」

「こっちの目を見て言ってみろや!」


 すっと視線を逸らして唇を尖らせながら、少し拗ねたように言い返すと、無理やり身体の向きを変えられる。


 そして正面から見合う形になると、クドーは元々厳つい顔をさらに険しく、瞳は鋭く睨みつけながら怒っていた。


「……」

「あ、こいつ目ぇ閉じやがった!」

「クドーは顔が怖いからね」

「この顔は生まれつきだがよぉ、こんな顔をさせてんのはお前だからなぁ!」

「ふぉぉぉぉぉ⁉」


 閉じている瞼をクドーの手によって無理やり開かさせられる。


 こんな荒くれな商売をしているだけあって、中々力が強くて抵抗できずに無理やり瞼を開かさせられた。


 そして、やはり目の前には先ほど同様、狂暴そうな目つきをした男が睨んでいる。


「あ、あのぉ……」

「あぁん? って貴族⁉」


 声に反応して少女を見たクドーは、慌てた様子でルサルカから手を離すと、腰を低くした。

 自分と比べてずいぶんな態度の差だ。


「クドー、この子がさっき助けた馬車の主」

「貴族を助けたんだったらさっさと言えよ!」

「言う前にクドーが怒ってきたんじゃないか」

「あの、助けて頂いたのはこちらの方なので、それくらいで……」


 どうやら少女は自分たちの無礼な態度に対して思うところはないらしい。


 周囲の騎士たちにしても、最初は警戒していたというのに今はまるで神を見るような目でこちらを見てくる。


 正直、居心地の悪い視線だった。別に自分はあんな感謝が欲しくて助けたわけではない。


 思わずクドーを盾にするように背に隠れると、彼は慌てた様に抵抗する。


「お、おいテメェ、なんで俺を前に押し出すんだよ! テメェの撒いた種だろうが!」

「クドーは貴族とも結構やりとりしてるんでしょ。今までの会話でわかってるんだよ」

「お前だって貴族のとやりとり慣れてんだろ⁉ 今までの会話でわかってんだからな!」


 奴隷として買われてから一週間、なにも考えず話し込んでいたわけではない。


 どちらも暇つぶしに見せかけて、お互いの情報を手に入れようとした結果、それなりに相手のことを詳しくなったのだ。


 クドーも一流の商人だけあって、中々話を聞きだすのが上手だった。


 そのせいか、勇者パーティーにいた『人間の魔女ルカ』とまでは気付いていないにしても、自分がそれなりの立場であったことはバレているらしい。


 結局、押し合いをしている間、少女が戸惑っていることに気付いて、お互い不毛な争いは止めることにした。

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