第2話

 魔王を討伐した勇者パーティーの魔法使い、ルサルカ・シルフガーデンは強い。


 どれくらい強いかというと、たとえば奴隷商人クドーの馬車を襲ってきた盗賊の集団を、傷一つなく返り討ちに出来るくらい強い。


「……テメェ、なんでそんなに強いのに、捕まって売られてきたんだよ」


 死屍累々という状況の盗賊団を見ながら、クドーは化物を見るような目で話しかけてくる。


「なんでって、どうせ目的地は一緒だったし、タダで馬車とご飯が出るなら悪くないかなって」


 クドーは奴隷商人として優秀だ。こうして国境を越えて商売をしているのも、セレスティア皇国に睨まれないためである。


 危険管理もしっかりしており、馬車を守るようきちんと人員も割いていた。


 それでも、予期せぬ事態というのは起きるもので、百人を超える大盗賊団に襲われればいくら護衛の冒険者がいようと関係なく人生を終えてしまう。


 そればかりは時の運とも言えるだろう。


「俺はお前を人攫いどもから買えたとき、人生で一番運が良かったと思ったが……」

「うん」

「結局、こうしてお前が大人しく捕まっててくれたことが、これまでの人生で一番運が良かったってことか」


 力なく地面に座り込むクドーを見ながら、ルサルカはそんなに凹まなくてもいいのに、と思った。


 もしルサルカが本気で抵抗をすれば、最初の人攫いなど物の数はない。


 ただ彼らは彼らで貧困した村を救うため、仕方なく人攫いをしていただけだとわかったから、適当に捕まってあげていただけだ。


「クドー、一つ教えてあげる」

「あん?」


 すでに護衛の冒険者たちは逃げ出している。


 この場に残ったのは、戸惑っている奴隷の子どもとクドーのみ。


 子どもたちも逃げようと思えば逃げられるが、しかしその先に未来がないこともわかっているのか大人しい。


「クドーが下種な奴隷商人と違って、自分の信念を貫いていた商人だったから、私は今ここにいるんだよ」

「……」

「もし他の奴隷を虐げたり、お金のことだけを考えているような外道だったら、とっくに殺してた」


 クドーが最初にルサルカを買った時、人攫いたちに大金貨を十枚渡していたのを知っている。


 小さな村であれば一年は超えられるだけの大金だ。

 村人たちがルサルカの価値が分かっていなかったことに、クドーは気付いていた。


 彼なら本当はもっと安くルサルカを買うことだって出来たはずだ。


 それでも手持ちのお金をギリギリまで使ったのは、それが彼なりの誠意だったのだろう。

 もしくは、商人としての矜持か。


 どちらにしても、それを見たルサルカはクドーをただの外道ではなく、人道を歩む男だと判断した。


「だから、これはクドーが進んできた道が間違ってなかったっていうことを、女神様が見ててくれた結果だね」

「……はぁ、本当に調子狂う奴隷だなお前は」


 ルサルカが微笑むと、クドーは観念したようにため息を吐く。


 その姿を見ていると、ルサルカは以前一緒に旅をしていたセリカたちのことを思い出してしまう。


「奴隷になったのは初めてだけど、一緒に旅をしてたパーティーメンバーには、調子狂うってよく言われてたよ」 

「だろうな。お前と一緒に旅してたなんて、同情するぜ。まあ、おかげで色々と助かった。皇国に着いたら出来る限り良いところに売れるよう頑張ってやるよ」

「売らないって選択肢はないんだ」

「お前を売らないと、あのガキども売っても赤字だからな」


 主にこの一週間、ルサルカが請求した食事と、そもそもルサルカを買い取ったお金のせいで。


 ルサルカは一緒に捕まっている子どもたちを見る。


 より高く売ろうと思えば、それこそ『それ』目的で買おうとする下種な貴族に売るほかない。


 そしてそれを、この奴隷商人は良しとしないようだ。


「それじゃあ仕方ないね。クドーは商人だし」

「ああ、仕方ねえよ。俺は商人だからな」


 奴隷のエルフと奴隷商人は、そんな不思議な関係のまま笑い合うのであった。





 馬車が壊れていないことを確認したクドーは、冒険者や御者が逃げ出してしまったため自分で馬の手綱を引くことになった。


 檻の鍵はすでに壊されているため、いつでも抜け出し放題だ。


 ここで逃げるくらいならさっさと逃げていただろうと開き直って、一切こっちを見ないクドーは中々肝が据わってると思う。


「私が変わってあげもいいよ?」

「どこの世界にこれから売ろうとしてる奴隷に御者をやらせるやつがいるんだよ。いいからお前はもう大人しく、そのガキどもの相手でもしてろって」

「ちぇ」


 仕方なく鍵の壊れた馬車の牢に入ろうとしてたところで、遠くから少女の悲鳴が聞こえてきた。


 見れば、自分たちと同じように盗賊に襲われている馬車が見える。


「ねえクドー」

「俺はなにも聞いてねぇし見えてねぇ」

「ちょっと行ってくるね」

「話聞けやこのアホエル――!」


 クドーの叫び声を無視して、ルサルカは悲鳴の聞こえた方へと一気に駆け出す。


「『風よ、在れ』」


 その一言で、周囲の風がまるでルサルカを包み込むように集まり、薄い若草色の輝きを見せた。


 そしてルサルカの身体が地面から宙に浮き、一気に加速する。


 この世界の魔法は基本的にイメージが全てだ。

 だがそれでは魔法使いは後世に魔法を教えることが出来ない。


 だからこの世界の魔法使いたちは、魔法のイメージを体系化して紙に記し、遥か未来の先で少しでも魔法を進歩出来るように残し続けてきた。


 そんな中、エルフは長寿のため後世に魔法を残すという意識がとても薄い。


 その代わり、自分たち独自のイメージをもとに魔法を生み出し続けてきた。


 ハイエルフとして生まれ、エルフの国で育ったルサルカもその例に漏れず、魔法は己の独学で覚えてきた。


 たった一言で生み出された風の魔法は、ルサルカの身体能力を一気に底上げし、現在の人の魔法では到達できない『浮遊』という効果を生み出している。


 女神に与えられたその才能は、人間の魔法使いたちが何百年も研鑽を重ねた魔法を、軽く超えていくのであった。


「さて、やろうか」


 整えられた街道はまっすぐ襲われている馬車まで続いており、見れば護衛の騎士たちが必死に盗賊たちを戦っている。


 一人一人の練度は騎士たちが上回っているが、如何せん数が違い過ぎた。


 騎士が十人ほどに対して、盗賊たちは五十を超えており、どんどん騎士たちがやられていく。


「それにしても、さっきの分と合わせてずいぶんと盗賊の数が多いなぁ」


 もしかしたら先ほど叩きのめした盗賊たちの仲間かもしれない。だとすれば、ただの盗賊団とは思えないほどの規模だ。


 どうやら魔王という明確な脅威がなくなったところで、心の貧しさというのは変わらないものらしい。


「ま、今はそんなことを気にする必要はないか」


 たとえどれほど強い者がいても、どれだけ人数が集まっても、ルサルカには『関係ない』のだから。


「いちおう聞くけど、助けはいる?」


 浮遊魔法で馬車の頭上までやって来たルサルカが、盗賊たちを見下ろしながら問いかけると、馬車の中から一人の少女が顔を出して声を上げる。


「た、助けてください!」

「うん、わかった。『風よ、斬れ』」

「なんだテメ――」


 掌を軽く盗賊たちに向けると、ルサルカは魔力を放出する。


 それは空気を切り裂き、そのまま盗賊の首を刎ね飛ばした。


「……え?」


 その声は誰のものだったか。


 助けを求めた少女か、首を刎ね飛ばした盗賊とつばぜり合いをしていた騎士か、それとも盗賊の誰かか。


 誰もが呆気に取られている間、ただ一人ルサルカだけは止まらずに魔力を放出し続け、そして――。


「ほら、終わったよ」


 数十秒後、盗賊たちの血で濡れた地上に降りたルサルカは、助けを求めた少女に向かって微笑みながらそう言うのであった。

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