第1話 奴隷商人クドー
アークライト王国西部とセレスティア皇国を結ぶコンウォーク街道。
ここに限らず、国家間同士を繋ぐ街道という場所は治安が悪い。
悪事を働いて騎士に追いかけられたとしても、隣国に逃げれば相手も迂闊に手を出せなくなるからだ。
アークライト王国とセレスティア皇国も表向きは魔王という脅威に対抗すべく同盟をしていたとはいえ、元々は仮想の敵国。
騎士が許可なく国境を越えていい理由はなく、盗賊たちにとっても逃げやすい場所となる。
それゆえに、国をまたいで商売をしようと考えている商人たちからすれば、ここはもっとも盗賊を警戒しなければならない場所であった。
そんな場所を、目麗しいエルフの少女が一人で歩いていたらどうなるか。
「うん、こういうのも新鮮だ」
王都を出てから一週間。
のんびり旅路を楽しんでいたルサルカは今、奴隷商人の馬車に乗って檻の外から見える景色を堪能していた。
一人で景色の変わらない街道を歩くのも少し飽きてきたなと思っていたら、人攫いに囲まれて捕まり、奴隷商人に売られたのだ。
「へへ、エルフが手に入るなんてラッキーだぜ。売って来た奴らも、こいつの価値が全然わかってねぇのかずいぶんと安く買えたしよ」
奴隷商人が気分よく声を上げる。
馬車の周囲には屈強な戦士たちが囲んでいるので、盗賊に襲われることは早々ないだろう。
案外揺れが少なく、自分以外の奴隷たちもこの世の終わりのような顔をしている割には、貧困した様子は見受けられない。
見た目はいかにも山賊の親分といった顔だったが、商人としては案外しっかりしているようだ、というのがルサルカの感想だった。
「奴隷商人さん、このまま皇国までどれくらいかかりそう?」
「あん? その声はあのエルフか? そうだな。二週間ってところじゃねえかな」
奴隷が閉じ込められている檻と、奴隷商人が休んでいる馬車は小さな格子で挟まれているだけだったので、声をかけてみるとすぐに反応が返ってきた。
「そっか。その間、ちゃんとご飯とかは貰えるんだよね?」
「当たり前だろ。お前は間違いなく俺の商人人生で最高のお宝だからな。どう下手を打ったって大貴族の豪邸以上の価値になるんだし、手厚くしてやるよ」
仮とはいえ奴隷に話しかけられたというのに、商人は気分良く返してくれる。
自分が大貴族の豪邸以上の価値、と言われてもピンと来ないが、この様子では案外話が通じそうだ。
「じゃあ今日の夜は肉がいいんだけど。出来ればちゃんと塩と胡椒で味付けしたやつ」
「……お前自分の立場分かってんのか?」
「え? 奴隷でしょ? ちゃんとわかってるよそれくらい」
「奴隷は主人に肉も塩も胡椒も要求しないが、まあいい。お前は特別だ」
「私だけじゃなくて他の子たちもちゃんと食べさせて欲しいんだけど。というか、それくらいわかってよ」
「……」
こちらの要求に呆れた顔をしながら、しかし怒鳴るような真似はせずに考え始める。
おそらく食糧難か、一緒にいる奴隷たちは村で売られてきた子どもたちだろう。
そんな子たちを差し置いて、自分だけ美味しい物を食べるのはあまり気分が良いものではない。
「わあったよ。お前一人でその数千倍の利益になるんだからな。その代わり、逃げようとしたり暴れたりするんじゃねえぞ」
「うん。その辺りは大丈夫。ギブアンドテイクでいこう」
「いやお前、基本的に俺ら対等じゃねえんだけど……」
「私が暴れて傷物になったら、価値落ちちゃうし困るでしょ?」
「……それで大人しくしてくれるんなら、それでいいか」
やれやれ、と言いたげな顔をする男を見ながら思うのは、意外とこちらの待遇が悪くないということだ。
奴隷商人という職業などに付いているのだから、よほど悪い人間かと思ったが、そうでもないらしい。
「ねえ、名前なんて言うの?」
「ああん? クドーだ。それがどうした?」
「暇だからちょっと話しようよ。ちなみに私はルサルカね」
「だからお前は奴隷で俺はそれを売りさばく……まあどうせ俺も退屈してたし、別に構わねえか」
それからしばらく、ゆったりと動く馬車の中でクドーと話しこむ。
お互い鉄格子を挟んだ状態であったが、声だけ聞こえれば問題なかった。
クドーは元々アークライト王国で生まれたが、幼い頃に村の人減らしで奴隷商人に売られたらしい。
幸いそこそこ働けることがわかり、奴隷商人として手塩をかけて育てられた。
そうして自分の分の借金を返して、一人前の奴隷商人になったという話だ。
「クドーも中々苦労してんだね」
「まあな」
ルサルカはこれまでの旅で色々な人間に出会ってきた。
その中で奴隷商人と言えば人間を家畜のような扱いをするものだと思っていたが、周りの子どもたちの扱いは悪くない。
これから秋になるにつれて夜は冷えるのだが、檻の中にはきちんと人数分の毛布が用意されているし、食事はきちんと出る。
自分がいるから、というわけではなく最初からだ。なにせ自分が売られたときには、すでにこの状態だったのだから。
「こんなにしたら、赤字じゃないの?」
「あん? そんなアホなことするわけねえだろ。死んだ目をしたガキを売っても二束三文にしかならねえけど、きちんと動けるガキはそこそこいい値で売れる。だからちょっとでも健康な状態にしてるだけだ」
「なるほど。きっとクドーは商人として優秀なんだね」
「お前なぁ……別に奴隷商人になったことは後悔はねえが、どんなやり方したってクソな仕事なのは変わんねぇんだよ」
とはいえ、普通の奴隷商人に売られていたら、ここにいる子どもたちは慰めものになっていたかもしれない。
色々聞いてみると、彼はセレスティア皇国でも貴族と伝手があるらしく、それなりにしっかりしたところに売れるような努力もしているそうだ。
「しかしいい心がけじゃない。村で餓死するしかない子どもを、皇国の貴族様のところで独り立ちさせるためになんてさ」
「出来る限りだよ。お前みたいに盗賊に攫われて売られてきたやつだって、俺はわかって売ってんだから同じ穴のムジナさ」
「ふふん、こうして売られると分かってて、大人しくしてる私に感謝して欲しいな」
「なんでちょっと自慢げなんだよお前……」
そんな呆れた様子のクドーの声に笑いながら、少し周りの子どもたちを見る。
ルサルカと一緒に連れられているのは六人ほどだが、彼らは今の会話が聞こえていたのか、最初の頃よりも瞳に希望の光が灯っていた。
「このクドーお兄さんが、お前たちがちゃんと暮らせるところまで守ってくれるから、安心して売られたらいいよ」
そう言うと、子どもたちが恐る恐る近づいてきて、クドーに声をかける。
「本当に、ぼくたちは殺されないの? 酷い目にあったりしない?」
「わたしたちを買ってくれる人は、優しい人?」
そんな風に尋ねてくる子どもの奴隷たちに、クドーが慌てた様子を見せる。
「あ、くそ! 妙に奴隷商人の内情とかについて色々聞いてくるかと思ったらテメェそう言うことか!」
「なんだよ。別にいいじゃないか」
「奴隷商人は舐められたら終わりなんだよ! いいかガキども! 今のは嘘だ! テメェらはこれから怖い怖い貴族に売られるんだから、ちゃんとビビっとけ!」
「そんなことはどうでもいいからさ。今日の夕飯の肉、ちゃんと頼むよ? 嘘だったら暴れるからね私」
「だからテメェはもっと奴隷の自覚を持てよな!」
そう叫びながら、結局クドーは約束通り高級品である塩と胡椒をしっかりまぶした美味しい肉を提供してくれる。
口は悪いが根はいい男でツンデレだな、とルサルカは思うであった。
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