カプリコルヌスの青の国編4

「さて、では具体的な部分について話していきましょうか。」


「貴方が後悔していることというのは、婚約者だった人とのことですね?」


 その通りだ、と彼は答えた。

 婚約者だった彼女は彼にとって初恋の人であり、現在の彼があるのも彼女がいたからこそだった。


 彼が彼女に出会ったのは彼が9歳の頃のあるパーティーでのことだった。彼は公爵家の長男、彼女は子爵家の長女であった。彼は公爵家の跡取りとして教育を受けていたが、その成績については良くもなく悪くもなくという評価だった。飲み込みは悪くなく応用もできるが、いかんせんやる気がなかったからであった。自身以外に跡継ぎ候補がいなかったので競争する必要がなかったのが大きな理由だろう。


 そんな彼が変わるきっかけになったのもその出会いからだった。彼女は評判のよろしくない子爵家の人間ということもあり、皆も遠巻きにしていた。会場入りした彼はその様子を見て、そういえば噂の子爵家の令嬢が来ることを思い出しその状況の理由を察した。ふとどんな令嬢なのか気になった彼はその姿を見ようと足を踏み出した。


 一目見て恋に落ちた。服装は、流行からは1世代ずれたようなドレスであったし、顔形については良いものであったが、他の令嬢と比べれば劣っている感は否めなかった。しかし、彼女の雰囲気は同年代の誰よりも大人びて見えた。華やかさはないが、楚々とした美しさがあった。正直、美人を選ぶならもっと他に人気の令嬢がいたし、実際そんな彼女たちから彼自身猛烈なアプローチも受けていた。


 そのパーティーから帰った後、彼女と婚約したいと両親に話していた。ただ、両親はその婚約に難色を示した。基本的にこの国では階級が1つ離れたところまでが婚約の適正的なラインとされている。事情があっても2つが限界とも言われる中、公爵家の3つ下の子爵家、しかも評判が悪いと頭に付く家、との婚約は何のメリットもない以上両親の態度は当然のものだった。


 しかし、彼は諦めなかった。ならば、と今まで適当にこなしていた教育もまじめに取り組みだした。説得も続けた。普段の彼とは違うその態度に公爵家夫妻も折れて、その婚約を取り付けることにした。勿論条件を付けて。彼には18歳までにこの国の外交官試験に合格することを、婚約先の子爵家には婚約者である彼女に関わる費用のみ負担することを。


 後者については、借金で首が回らなくなっている子爵家はどうでもいいが、身内になるだろう彼女をちゃんと育てるのなら多少家のために使われようが構わないという意図を含んだものだった。


 前者については、本来ありえない婚約を結ぶ以上はかなり困難な状況も突破して見せろという意図を含んだものだった。この国は大陸の北部に位置し、他の地域に比べて食物の生産が難しいこともあり、その供給の大部分を他の国から輸入している。鉱物資源は多く手に入るためそれを武器にして。他にもいくつか事情があるが外交を重視している国であるから、そこに携わるためには厳しい関門を乗り越えなくてはならない。それがこの試験であった。


 結果として、彼はその試験に16歳で合格した。史上最年少で破られることはないだろうとも言われている。彼女の家についても定期的に帳簿を公爵家側でチェックしていたこともあり無茶な支度金の使い方はできなかったようだった。彼女もなんとか彼の横に立つにふさわしくあろうと努力していた。少なくとも学の面では彼と議論ができる程度にはなっていた。


 しかし、彼らは引き裂かれた。15歳から18歳までの3年間、学院へ行くのは貴族にとっては義務とされていた。ただし、何事にも例外があるように、彼は教育については終了しており、また試験が控えていたこともあり通ってはいなかった。そして、合格後は箔付けもかねてすぐさま外交官として働き始めて、他国との交渉や交流のために国元を離れがちだった。


 対して、彼女は苦しい立場にいた。元々あり得ない婚約だったことと彼自身の価値の高さ(家柄や成績、容姿など)ゆえに、彼女に嫉妬していた女性たちからつまはじきにされ孤立していた。また、彼から時折送っていた手紙類も彼女に届く前に何者かの手によって処分されていたようだった。彼からの返信もないことに彼女はついに心折れた。そして、婚約の解消を願い出て、商会の会長の後妻として嫁がされた。


 彼が、すべてを知ったのは彼女が嫁いだ後だった。大きな取引を結んで帰国した彼に、いきなり王女との婚約の話が舞いこんできたことがきっかけだった。そこで彼女が解消を願い出て、もう嫁いでいったこと、彼女が苦しんでいたことを知った。手紙類を出していたのに届いていなかったこともわかり、なにかおかしいと感じた彼が調べると、王女が彼と婚約したいといったことがきっかけとなったことが分かった。そこから、彼女の悪い噂を流したり、孤立させるように仕向けたり、彼からの手紙類もすべて彼女に渡らず王女の手に渡るようにされていたようだった。


 彼は激しい怒りを覚えると同時に無力感や虚脱感にも襲われていた。王家が相手であるため、ほとんど抵抗することができない。さらに、たとえ何らかの形で王家に償わせることができようと彼女が帰ってくることはないとも気づいたからだった。そこから彼は王女との婚約は断り、領地に戻り父親である公爵の下で仕事をしていた。あの王女が近くにいるところにいれば、自分が何をするかわからないからだった。


 そこから彼は5年間彼女のことを思い出さないように仕事に没頭した。頼まれたことは十二分にこなし頼まれていないことも進んでしていた。そんなことをしていれば体調を崩すのは当たり前であった。体調が悪いまました仕事で失敗したことから、ついに強制的に休まされることになった。ただ休んでいても彼女のことを思い出すから、酒でも飲もうとなり入った店で噂を知りここに辿りついたのだった。

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