カプリコルヌスの青の国編2

 三日後、そんな彼は、黒の森の中をさ迷っていた。


 一日目は順調だった。地図上の中層付近まで魔物のいるところを避けて進んでいた。その日の野営に関しても問題はなかった。


 二日目も順調に進んでいたはずだった。


 中心部付近は情報がないが故にどこに危険があるかわからない。そのため警戒を緩めずにいたのだが、どこか油断があったのかもしれない。それは上からの奇襲だった。猿に似た魔物が複数で襲い掛かってきた。初撃は防具が覆っているところに当たったために無事だった。しかしその勢いまではどうにもならず転倒してしまった。そこへ二撃三撃と続いた。それらはなんとか剣を盾にして耐えきった。何とか立ち上がってみると、周りを魔物に囲まれてしまっていた。自分の腕ではすべてを倒すのは無理だろう、だが一匹二匹くらいならば、と考えた時には先ほどまで進んでいただろう方向に一直線に駆けていた。その直線状にいる魔物に斬りかかって、予想通り二匹をしとめて囲いを抜け出した。


 その後しばらく魔物たちに追われ逃げ惑ったが、何とか逃げ切った。野営のための道具の大半を犠牲にして。地図や方角針もなくしたために外に向けて行こうとしてもそれも儘ならず、まともに休むこともないままに三日目になっていた。


 このまま死ぬのだろうか、彼女に会えぬまま。黒の森の薄暗さや寝不足、装備を失いどこに進めばいいのかわからない不安といった要素は、彼の頭のうちを悪い方に進ませていく。


 そんな考えの中でも足だけは前に向かって進んでいく。前といっても、目的の方なのか、それとも外なのか、はたまたまた別の方か、それすらもわからない。


 どれだけ時間が経ったのかもわからない。だが、森の木々の終わりが見えた。外に出たのかと彼は思った。生き残れたという安堵とやはり望みは叶わなかったという失望を感じた。そんな感情を持ったままついに森を抜けた。


 そこにあったのは、古ぼけた大きな屋敷だった。至る所にツタが這っていて、壁面の一部にはひびが入っているのが近付くに連れてわかった。


 ここが目的の魔女のいる屋敷か、私は辿り着けたのか、と彼は思った。早く魔女に会わなければと考えた彼は、入口であろう大きな扉の前に立ち、三回ノックをした。何の反応もなかった。


 次はノックと声を掛けてみることにした。それでも反応はなかった。もしや誰もいないのか、魔女がいる場所はここではなかったのか、様々な思いと不安がよぎった。ここまで来てこのまま帰れるかという思いも。扉を押しても見たが、開かず。ならば、と引いてみれば開いた。


 そこから見えるのは小綺麗なエントランスだった。前を見れば、中央には二階に続く大きな階段が見える。少し下を見れば、品の良い赤い絨毯が見える。左右を見渡せばいくつかの扉が見える。見た限り人がいる気配はない。とはいえ入ってみなければ本当に誰かいるのかもわからない以上、入らない選択肢は彼にはなかった。


 何か膜のようなものを通り抜けた、そんな感覚がした。


 エントランスに入ってきたが、中は先ほど見た通りだった。入ってみても人の気配は感じられない。本当に魔女がいるのかという疑念が再び脳裏をよぎった。そんな時だった。


「時渡し希望の方でしょうか?」


 誰もいなかったはずの階段の上から声が降ってきた。慌てて彼が上に目を向けると、そこには一人の女が立っていた。白の長髪のいかにも魔女という風貌だった。ただ、先ほどの声は無垢な少女を思わせたが、その風貌から想像できる声は男を惑わせる魔性の囁きといった感じで何とも言えない違和感があった。

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