カプリコルヌスの青の国編
カプリコルヌスの青の国編1
あの時、ああしていれば、という後悔を抱えている者にとって救いとなる噂がある。
この大陸に点在している黒の森の奥地には、過去の出来事を変えることのできる力を持つ魔女がいる、というものである。
ただ、魔女に関する話は様々で、やれ絶世の美女だとか醜い老婆だとか、小さなログハウスに住んでいるとか大きな屋敷に住んでいるとか、どれが本当なのかさっぱり見当がつかない。
そんなこともあり、現実味のないただの噂の一つとして、たまに思い出されたように話される。
後悔を抱えて、足踏みしてしまっている者が近くにいるときに。
そんな眉唾話を本気にしてしまうような者が聞けるときに限って。
統一歴534年 カプリコルヌスの青の国、黒の森近郊の町にて
一人の男が宿で明日の出立のための準備をしていた。彼の目的は黒の森の奥地にいる魔女に会うこと。彼がその目的を抱いたのは、彼がふらりと立ち寄った酒場で聞いた噂話であった。普段の彼ならば立ち寄ることもない場所だったのだが、やけ酒をという思いから、気づけば目に入ったそこに入っていっていた。
聞いた噂とは、過去を変えることのできる魔女の話。変えられるなら変えたい過去があった彼にとって、その話は僥倖であった。次の日には、職場にしばらく休むことを一方的に伝え、必要となるだろう装備を整えて、馬車に乗り込んでいた。
そうして今、目的の場所の目の前までやってきていた。黒の森はこの大陸にいくつもあるが、彼の住む国にあるのはここだけだった。もしここに魔女がいないなら、次に近い場所へ、と会えるまで探すつもりだった。危険なことは承知の上だった。
この世界には魔物という脅威がある。この魔物という存在は魔素溜まりと呼ばれる場所から発生するとされている。獣の姿のものが多いが、中には無機物が形を成したようなものも存在する。また魔素とは、この世界で魔法を使用するときに消費される魔力と呼ばれるものと対なすものである。魔力を消費すると魔素ができ、魔素が溜まりそこから魔物が生み出され、魔物が滅びるとき魔力が放出される。また、魔素が濃い場所では魔法が使いづらくなり、魔力が濃い場所では魔物が現れづらくなるとも言われている。
そして、黒の森と呼ばれる場所はどこも魔素が濃く、魔物が屯する危険地帯であるためそんな場所に行く者は自殺志願者だと思われるのが常であった。
彼は、抱える後悔をそのままに生きるくらいなら死んだほうがまし、と本気でそう思っていたので、そんな場所に行くのに否やはなかった。
だが、折角得られた希望を掴むために万全を期したいという思いは強かった。
危険地帯の目の前にあるこの町にも、時折魔物は押し寄せてくることがある。それを未然に防ぐために定期的に他の周辺の町の有志達や国に依頼して魔物の間引きをしていた。そしてその前段階として、偵察をして情報をまとめることもしていた。そんなまとめられた情報として、地図が売られている。とはいっても奥まではなく、外周部から中間程度までだが。
その地図を買う際には、こいつまさか、という目で見られていたのだが、彼は気にしていなかった。
最近は文官としての仕事を忙しくしていて使っていなかった剣や防具も、万が一のことがあってはいけないので、研ぎに出したり点検してもらったりもしていた。野営のための装備もそろえた。明日に障ってはいけないので早くに休もうと思ったのか、最後にもう一度簡単にチェックを済ませて彼は寝台に横になった。
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