第12話 遭遇

 立派な鎧を纏ったその男は、こちらを見ながら訝しげに口を開いた。


「奴がこれを?」

「は、はい! ロベルト将軍、あの男が妙な力で木々を吹き飛ばしたのです!」

「……ふむ」


 彼……ロベルト将軍と呼ばれた男は、顎に手をやって考えるような仕草を見せる。


「これほどの破壊をもたらすのは魔法以外に考えられん。あんな男にできる芸当ではないだろう」


 ロベルトはそう言いながら鋭い眼光でこちらを睨みつけた。ソフィアが小さく悲鳴を上げ、自分もその威圧感から思わず後ずさりしてしまう。


「少し睨んだだけであの様子だ。どう見てもただの人間だな」


 こちらを見下すような冷たい口調でそう言うと、ロベルトは周囲に広がる倒木を見渡す。


「だが、これほどの破壊跡は私も初めて見た。『赤牙』でもここまでの魔法を使えるとは思えないが……。まさか別の魔術師が潜んでいるのか?」


 そう言う彼の顔には明らかな警戒の色が現れていた。見れば、彼の周囲にいる兵士たちも怯えたような表情で更地と化した森を見回している。


「まあいい。まずは『赤牙』だ。この付近にいるはずだが、奴の姿を見かけたか?」 

「あ、あそこに……」


 ロベルトが若い兵士に問いかけると、彼は震えながらオークの死体を指さした。先程自分の魔法で絶命した赤い牙のオークの死体だ。


「何……だと?」


 ロベルトは死体の方に顔を向けると、じっとそれを見つめる。だが注視すること数秒、彼の目が徐々に見開かれ、その顔が驚愕の色に染まっていく。


「『赤牙』!? 本物か? いや、見紛うはずもない……!」


 あまりの驚きに感情の色が抜け落ちたような顔だった。しかしそれも一瞬、ロベルトは険しい顔で若い兵士に詰め寄る。


「答えろ! これをやったのは何者だ!?」

「で、ですからあの男が……」


 若い兵士は怯えながらもこちらを指さす。ロベルトも一瞬だけ自分の方を向くが、すぐに視線を若い兵士へと戻し、彼の胸ぐらを掴み上げた。


「これをやった者は明らかに『赤牙』以上の魔力を有している。一刻も早く正体を掴み、対策を練らねば……! 下らん冗談に付き合っている暇はない、真実を言え!」


 ロベルトが荒い声で叫び、若い兵士が縮み上がる。彼の声には凄まじい怒気が込められており、離れていてもなお全身の血の気が引くようだった。

 見れば、ロベルトに掴まれている兵士の顔面も蒼白であり、傍から見て気の毒になるほどぶるぶると震えている。


「しょ、将軍とやら。落ち着くのだ、彼の言っていることは真実だぞ?」


 掴まれている兵士がいたたまれなくなって口を開く。ヒロからへーロスに気持ちを切り替えたことで、不思議とロベルトに対しても怯えずに言葉を発することができた。

 だが、ロベルトはこちらに顔さえ向けずに返答する。


「下らん冗談に付き合っている暇はない。部外者は黙っていろ」


 彼は兵士を掴んでいる腕にさらに力をこめた。


「時間がないのだ。一刻も早く『赤牙』を倒した者の正体を突き止めねば。……さぁ、答えろ! これをやったのは何者だ!?」

「ひ、ひぃ!?」


 だが、その兵士は怯えた声を出すだけで何も答えない。当然だ。先程彼が述べたことが全てなのだから、これ以上何も言いようがないだろう。しかし、ロベルトは相変わらず殺気立った目で彼を睨みつけていた。


 これでは埒が明かない。

 自分がどうにかしなければ。


「ええい、だから私がやったと言っているだろう! 私が魔法を使ってあの赤い牙のオークを倒したのだ!」


 僅かな苛立ちを込めてそう口にすると、前方の兵士たちが一斉にぽかんとした表情を見せ、ロベルトも訝し気な視線をこちらへ向けた。


「そ、そうです! 将軍、本当にあの男が……!」


 若い兵士は胸ぐらを掴み上げられながらも必死にそう述べる。

 そんな様子を見てロベルトもようやく気が付いたのだろうか。彼は兵士を掴んでいた手を離すと、自分の方へと顔を向けた。


「あり得ん。真実……なのか?」


 ロベルトは驚愕に目を見開きながら唖然とする。

 しかしそれも一瞬。彼の顔には警戒の色が浮かび上がり、猛烈な敵意を宿した目でこちらを睨みつけた。


「貴様、一体何者だ?」


 その声から感じられるのは底なしの殺気。刃のような鋭い視線も相まって全身に鳥肌が立つ。


「ひっ……!?」


 すぐ後ろでソフィアが悲鳴を上げた。見れば、彼女も怯え切ったような目でロベルトを見つめている。


(そうだ、俺の後ろにはソフィアがいる。何が何だか分からないけど、この子は守らないと)


 そう考えると、ロベルトの視線から守るように彼女の前へと立ち塞がった。


「大丈夫だ、怯える必要はない。この私が付いているのだからな」


 今の自分はヒロではない。最強の魔術師へーロスなのだ。そう考えると体の震えが収まり、心に平静が戻った。


「フッ! 私の名を聞きたいのか? ならば、まずそちらから素性を明かすのが礼儀というものだろう」


 尊大な口調でそう言い放つ。へーロスのロールプレイに身が入るにつれて、心に勇気が湧いてくるのが分かった。


「黙れ。我々は急いでいる。名乗らないと言うなら実力行使に出るまでだ。それに、奴隷など知ったことではない」

「何だと……!?」


 胸中に苛立ちが込み上げる。彼の強硬な態度もそうだが、それ以上にソフィアを……こんな小さな少女をさも当然のように奴隷扱いするなど、到底看過することはできない。


「いいだろう、そこまで知りたいなら教えてやる!」


 そう言うと肺一杯に空気を吸い込み、傲然たる口調で名乗りを上げた。


「我が名はへーロス! 数多の魔法を修めるマジック・エウクレイダーにして、最強の魔術師である! 私の魔法かかれば、オークを倒し森を吹き飛ばすなど朝飯前なのだ! どうだ、恐れ入ったか!?」

「……魔術師、だと?」


 名乗り終えた瞬間、ロベルトと兵士の顔に浮かぶ警戒の色が一気に強くなり、彼らが自分に向けて一斉に武器を構えた。


「む!? い、一体何のつもりだ? 何も争う必要は……」


 そう言って諌めようとするが、ロベルトらの目は殺意と憎悪に満ちており、こちらの話を聞いてくれそうな雰囲気は皆無だ。


「本物の魔術師か、あるいはただの愚か者か……。どちらにせよ戦場で手柄や身分を偽るのは大罪」


 ロベルトは独り言のようにそう言うと、こちらを刃の如き鋭い瞳で睨みつける。


「……ならば、試してみるか」


 瞬間、ロベルトが大地を蹴り、信じられないほどの速さでこちらに迫ってきた。


「なっ!?」


 人間離れした身体能力。プロの短距離走者でもこんな速さで動くことは不可能だろう。YLSにおいて高レベルの戦士が見せるような……そんな現実離れした移動速度だった。


(チッ、速い!)


 慌てて手を前にかざし攻撃魔法を放とうとするが、心に一瞬迷いが生まれる。


(ここはゲームの中じゃない! 人に向けて攻撃魔法を使うのは……!)


 ダメージを与えずに動きを止めるべきか。正当防衛ということで攻撃魔法を放つか。そう迷う間にもロベルトは接近し、すぐに自分の目の前まで到達する。


 「えぇい! ≪土の壁アース・ウォール≫!」


 迷った末に発動したのは低位の防御魔法だ。

 詠唱と共に手前の地面が盛り上がり、分厚い土の壁が形成されていく。


「何……!?」


 それを見たロベルトの顔に驚愕の色が浮かぶ。だが、その姿はすぐに土壁に隠れて見えなくなってしまった。


(けど、こんなのは時間稼ぎにしかならない)


 形成された壁の大きさは高さ2m、幅8mほど。左右から回り込まれれば簡単に突破されるだろう。すぐに次の一手を考えなければ。


 ……そう思った瞬間だった。


「なっ!」


 左右からではない。ロベルトは土壁の上から姿を現したのだ。高さ2mはある壁を一息に飛び越え、自分のすぐ前に音をたてて着地する。


(嘘だろ!? 本当に人間か!?)


 着地したロベルトと目が合った……と思った瞬間、彼の盾がこちらの顔に迫り、顎の辺りに凄まじい衝撃が走った。


「ぐ……がっ!」


 視界がぐらりと揺れ、全身から力が抜ける。近くでソフィアが悲鳴を上げるのが聞こえるが、視界がぐるぐると回転して自分が立っているのか倒れているのかすらはっきり分からない。 


「本物の魔術師だ! 急げ、こいつを拘束しろ!」


 ロベルトの声とともにこちらに近づく複数の足音が聞こえる。必死に動こうとするが体が言うことを聞かず、すぐに身体中を抑えつけられた。腕が縄で縛られるのが分かる。


「抵抗するな。魔法を使う素振りが見えたら即座に貴様を殺す。無論この女奴隷もな」


 首筋に刃の冷たい感触を感じた。目を動かすと、ソフィアも首に剣先を突き付けられているのが見える。彼女の顔は恐怖の色に染まっていた。


「知っているぞ。魔術師は激しい痛みや動揺の中では魔法を発動できん。そうだな?」


 その言葉に思わず背筋が冷たくなる。

 彼の言う通り、殴られた衝撃で頭がぼうっとし、激しい痛みで意識を集中できないのだ。この状態で複雑な魔力操作をイメージするのは無理だろう。加えて下手に動けばソフィアにも危険が及んでしまう。


「ぐぅ……。わ、分かった、抵抗はしない。だから彼女に危害を加えるな」


 それを聞くと、ロベルトは周囲の兵士に向かって口を開いた。


「よし、急ぎ宮殿に使いを出せ! 人間に化けた異種族の魔術師を捕らえた、とな」

「……い、異種族だと? 違う、私は人間だ!」


 そう言った瞬間、ロベルトが自分の頭を掴んで地面へと叩き付ける。


「ぐっ!?」

「黙れ、人間に魔法など使えるものか! 大方、ゴブリンやオークなどの亜人が化けているのだろう」


 ……人間に魔法が使えない?

 それは一体どういうことなのか?


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