第2話 Your Life Story

 自分の存在に意味はあるのだろうか?

 俺を必要としてくれる人などいるのだろうか?


 最近そんなことばかり考えてしまう。




「……ん? 寝てたのか、俺」


 そう呟きながら、俺……金剛寺ヒロはベッドから起き上がる。

 眠い目をこすりながら周囲を見回すと、壁に貼られたカレンダー、机の上のパソコン、ハンガーにかけられた高校の制服……。いつも通りの自分の部屋が目に入った。


「……」


 机の上に目をやると、そこには教科書やノートが開かれたまま散乱している。学校の課題を終わらせた後ベッドに寝転がっていたのだが、そのまま寝落ちしてしまったのだろう。


「学校、か」


 胸中を憂鬱な気持ちが満たす。

 高校生活を青春、人生の絶頂期、花の時代などと呼ぶ輩もいるらしいが、俺には全く理解できなかった。友達もおらず、勉強もスポーツも最底辺の自分にとっては学校生活など苦痛でしかない。


「……はぁ」


 思わず深いため息を吐いてしまう。沈んだ気持ちで枕元の時計に目をやると、針は夜の11時を指していた。


「って、11時!? やばい、待ち合わせの時間だ!」


 そう言うと、大急ぎで棚の上に置かれているヘッドギアのようなものに手を伸ばす。

 白と黒のシンプルな配色であり、人間の頭部をすっぽりと覆うような形状のそれは『Play Land VR』という。今から6年前、2032年に発売された世界初のフルダイブ型VRゲーム機だ。


 神経学と脳波技術の応用によって開発されたこの『Play Land VR』は、装着することによってまるで自分が仮想世界に入り込んだかのような体験をすることができる。


 仮想世界中では五感が完全に再現されており、脳波と神経信号を読み取ることによってアバターを文字通り『自分の思うまま』に動かすことが可能なのだ。そこに広がるのはまさにもう1つの世界であり、発売当初から今に至るまでこれにハマり込んだ人は数知れない。無論、自分もその一人だ。


「よっこらしょっと」


 頭部にヘッドギアを装着し、電源コードを繋いでベッドに横たわる。するとすぐに網膜投影装置が起動し、目に直接『Play Land VR』のメニュー画面が映し出された。

 初期設定、ストレージ管理、インターネットブラウザなど様々な項目があるが、自分が選択するのはゲームの項目中にある『Your Life Story』というタイトルだ。

 

「よし、今日も頑張るか」


 そう言ってゲームをスタートさせると、自分の意識はすぐに仮想現実の中へと吸い込まれていった。





『Your Life Story(ユア・ライフ・ストーリー)』。

 2031年にアメリカのメーカーから発売されたフルダイブ型MMORPGであり、全世界のユーザー数1000万人と言われるほどの人気ゲームだ。


 『なりたい自分になれる。描きたい人生を描ける』。そんなテーマを掲げるこの『Your Life Story』の特徴は、とある小説を元として作られた詳細な世界設定、そして『年齢ステージシステム』という独自のシステムと、そこから生まれるキャラの育成自由度の高さにある。


 『年齢ステージシステム』というのは、キャラクターに幼年期、少年期、青年期、老年期など全9段階の年齢ステージを設定し、その1段階ごとに職業クラスを積み重ねてキャラを育成するというシステムだ。

 〈兵士の息子〉、〈貴族の息子〉、〈孤児〉といった中から幼少期のクラスを選んでゲームを始め、そこから一定のレベルごとに発生する『成長イベント』をクリアすることで、新しいクラスを取得して次の年齢ステージへ進むことができる。


 一例として、ある壮年の戦士キャラのクラス構成を示すと以下の通りになる。


−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−


Lv85

HP:2800 MP:220


  幼年期 〈兵士の息子〉

第一少年期 〈学校の生徒〉

第二少年期 〈ノーヴィス・ソルジャー〉(下位職)

第一青年期 〈ソルジャー〉(基本職)

第二青年期 〈ベテラン・ソルジャー〉(上位職)

第一壮年期 〈コマンダー〉(上位職)

第二壮年期 〈ジェネラル〉(最上位職)

第一老年期  取得クラス無し

第二老年期  取得クラス無し


魔法・スキル総数:40


−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−


 つまり、『年齢ステージシステム』とは加齢によるキャラクターの成長を再現するためのシステムなのである。


 成長イベントとクラスには様々な種類があり、ざっと挙げるだけでも〈ノーヴィス・ソルジャー〉になるための入隊試験、〈ノーヴィス・ウィザード〉になるための魔法学校入学試験、一人前の〈ウィザード〉になるための卒業試験などなど……。


  元々しがない戦士だったが、壮年になって魔法学校に入学し最強の魔法剣士になった。

 陰謀によって追放された騎士が、その復讐のために暗殺術を極めてアサシンナイトとなった。

 未開の地で生まれた蛮族が、ある日見た魔法に興味を持ち、魔法を学んでやがて最高位の魔術師まで登り詰めた……。


 このように、総数400種類以上にもなるクラスを自由に積み重ね、プレーヤーが描きたい『人生』を描くことができる。

 クラスごとに使えるスキルや魔法は様々であり、組み合わせによって世界に1人だけのキャラを作り出せる。それが『Your Life Story』……通称『YLS』の醍醐味なのだ。


  この『年齢ステージシステム』の奥深いところは、加齢による身体能力の低下が再現されている点だろう。キャラが老齢になるほど積み重ねられるクラスの数は増え、その分多くの魔法やスキルを覚えることができるのだが、逆に筋力や敏捷性といった身体能力は低下してしまうのだ。


 そのため、同じ戦士職でも「使えるスキルは少ないが屈強な若い戦士」や「虚弱だが多彩なスキルを使える老戦士」という具合に様々なバリエーションが生まれることになる。


 「老人キャラは嫌だ。若いキャラでプレイしたい!」という場合は、成長イベントを達成せず青年期に留まればよい。

 若年の方が積み上げられるクラスは少なくなるが、クラスとは「使用可能なスキルや魔法」と「ステータスの長短の傾向」に影響するだけで、実際のステータス数値はキャラのレベルによって決まる仕組みなのだ。レベルは年齢に関係なく上限の100まで上げられるので、少年期や青年期のキャラでもきちんと強くなれるということである。





 YLSの広大なマップの一角、最高位の魔獣や植物系モンスターが出現する『常闇の森林』。


 その中に自分の操作するキャラクター『へーロス』が降り立った。


 ひょろりとした細長い身体に漆黒のローブを纏い、ソフトモヒカン……あるいはスポーツ刈りのような短い髪型をしている。外見的な年齢は20歳やや手前といったところだろうか。


 この『へーロス』のクラス構成は以下のようになっている。


−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−


Lv100

HP:900 MP:1800


幼年期   〈魔法の申し子〉(転生)

第一少年期 〈アーク・ウィザード〉(上位職)

第二少年期 〈アーケイン・ウィザード〉(最上位職)

第一青年期 〈エレメンタル・ルーラー〉(最上位職)

第二青年期 〈魔法学者〉(前提職)

第一壮年期 〈魔の探究者〉(前提職)

第二壮年期 〈真理の探究者〉(前提職)

第一老年期 〈深淵の探究者〉(前提職)

第二老年期 〈マジック・エウクレイダー〉(特殊職)


魔法・スキル総数:350


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 見ての通り魔法に特化したキャラであり、レベルは上限である100に到達している。老年ではあるが、外装やキャラメイクを工夫することで若々しい見た目になっており、容姿はあえて現実の自分と似せてある。ゲームとキャラクターに感情移入するためだ。



「よし、ダイブ成功!」


 そう言いながら周りを見渡すと、見慣れた木々の景色が目に入った。

 『常闇の森』はレベル上げや素材の収集でよく訪れるマップだ。常闇という名の通りこの森周辺の時間は常に夜に固定されており、見上げれば木々の間から美しい夜空が覗いていた。


「味噌サバさんとアッキーさんは……先に行っちゃったのか?」


 今日はゲーム上の知人の誘いで、彼の友人である初心者プレイヤーのレベル上げを手伝う予定だったのだが……。この様子だと自分抜きで始めてしまっているのかもしれない。

 視界の端に映るコンソールを確認すると、約束の時間はもう30分以上も過ぎてしまっていた。


「仕方ない、探知魔法で探してみよう」


 手を前にかざして気持ちを落ち着ける。

 コマンドや選択肢で魔法を発動させる旧来のゲームと違い、YLSでは魔法の発動に脳波技術とフルダイブ技術を生かした独自の方法を用いるのだ。


(落ち着け。魔力の流れを感じ取れ……)


 YLS内では『第六感』とも言うべき魔力を感知する感覚が構築されており、魔法ごとに決められた魔力の操作を脳内でイメージすることによって、システムがそれを検知して魔法が発動する仕組みになっている。


 その感覚を言語化するのは難しいが、例えば≪火炎球ファイアーボール≫なら指先から熱い何かを射出し、それをはじけさせるイメージ。≪火炎矢ファイアーアロー≫なら熱い何かを鋭く撃ち出すイメージ……といったところだろうか。


 ちなみに発動の際は魔法名を口に出して唱えた方がシステムに検知されやすくなるので、大抵の魔法職はそのようにしている。


 「≪生命検出ライフ・ディテクション≫」


 頭の中で全身から微かな魔力の波を放出するようなイメージを描き、魔法を詠唱する。

 小型モンスターなど細々としたものも探知に引っかかるが、後方の200mほど離れた地点に大きめの生命反応をいくつか感じ取った。人間ほどの大きさの生物が2体、それよりも大きいのが3体と言った感じだ。


「ん、これか?」


 そう思って振り向いた瞬間だった。


「グゥオオオオォ!!」


 突然その方向から凄まじい獣の叫び声が聞こえてきたのだ。木々を揺らし、地面すら振動させるような迫力。強力な魔獣が戦闘を行っているに違いない。


「ビンゴだな。よし!」


 そう言うと、手で頬を叩いて気合を入れる。


「今の俺はヒロじゃない、へーロスだ。最強の魔術師、誰からも必要とされる存在……」


 へーロス。このキャラネームの由来は「ヒロ➡ヒーロー➡ラテン語で英雄を意味するへーロース」という単純なものだ。


 現実では落ちこぼれの自分が、『こうなれたらいいな』という思いで作り上げた理想のキャラクター。大胆不敵で自信満々な最強の魔術師。誰からも必要とされるヒーロー。それがへーロスである。


「落ちこぼれのヒロじゃない……。へーロスだ。俺はへーロス」


 『なりたい自分になれる』。それがYLSの醍醐味なのだから、心の底までへーロスになって現実世界のことはさっぱりと忘れる。ゲームの中でくらい理想の自分を演じたいのだ。だからこそ……


 「……フゥハハハハハッ!!! 2人とも待っていろ! この私、へーロスが今助けに行くぞ! ≪飛行フライ≫!」


 高笑いを響かせながら飛行魔法で上空へ飛びあがる。そして魔獣の声が聞こえた方向へと一直線に進んでいった。

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