老人転生・ただ一人の魔術師 《俺だけが魔法を使える世界で》
金剛力士像
第1話 ただ一人の魔術師
数ある作品の中から本作をお選びいただき有り難うございます。第6話辺りから話が動き始めますので、そこまで読み進めて頂ければ幸いです。
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オーリア帝国。
ゴブリン、オーガ、ミノタウロスなど様々な種族が闊歩するこの世界において、そういった異種族の侵攻を防ぎ、唯一まともに維持されている人間国家だ。人々の希望にして、人類と言う種を守るための最後の盾。
……しかし、その盾は今脆くも崩れ去ろうとしていた。
◇
月明かりの下、夜の森の中を兵士の一団が走っている。数は6人。彼らは恐怖に顔を引きつらせながら、何かから逃げるように必死に脚を動かしていた。
「はぁ、はぁ、はぁっ……! くそっ!」
地面を蹴るたびに鎧がやかましく音をたてる。いっそ脱ぎ捨ててしまいたいくらいだ。こんなもの、奴らの腕力の前ではどうせ無意味なのだから。
「フシュウゥゥ……!」
後ろからいくつもの鼻息が聞こえてくる。人間のものとは違う獣のような息遣い。後方に視線をやると、木々の向こうに音の主が見えた。
「ひいっ!?」
そこにいたのはオーク。姿こそ人間と似ているが、首の上に乗っているのは豚の頭。人間よりも一回り大きい背丈に、口元から覗く鋭い牙、ずんぐりむっくりとした身体。まるで人と豚を掛け合わせたかのような醜悪な生物だ。
見た目通り腕力に優れており、肉弾戦では勝ち目は薄い。
加えて、こちらが6人なのに対しオークは確認できるだけでも10体以上。手には剣や槍を持ち、中には青銅の鎧を身に着けている個体もいた。
「くそっ、おかしいだろ! ここは戦線の後ろだぞ! なんでこんな所まで奴らが来るんだ!?」
自分の隣を走る兵士が叫ぶ。
「知るかよ! 無駄口叩いてねぇで走れ!」
いや。みんな心の底では理解しているはずだ。ここまで敵が来ると言うことは、既に戦線が崩壊しているということ。
「とにかく逃げるしかねぇ! みんな奴らにやられちまったんだぞ!」
戦線の後方を警備していた自分たちの部隊は、突如オークの襲撃を受け壊滅した。100人近くいた兵士は今や自分達新兵しか残っていない。
「だが、逃げてその後どうすんだ!? ここが陥ちればオーリアは終わりだぞ!」
「知らねぇよ!」
兵士の一人がやけくそ気味に叫んだ。
ここは首都付近の防衛線であり、突破されることはオーリア帝国の崩壊を意味する。
もしそうなれば、人類はお終いだ。
異種族は捕虜を取らない。意思疎通ができないため和平や停戦も存在しない。あるのは殺すか殺されるかだけ。これは種族間の生存競争なのだ。
「くそっ! 一体どうすれば……!」
……そのとき、背後から奇妙な光が差した。
赤みがかったその光は凄まじい速さでこちらに迫り、近くを走る兵士の体を包み込む。次の瞬間、光がはじけて周囲に炎が広がった。
「ぎゃあああああぁぁ!!」
炎は複数の兵士を巻き込み、三人が火だるまとなって地面に転がる。断末魔の絶叫が響き渡るが足を止めることはできない。
「こ、攻撃魔法だ!」
泣き出しそうな声で兵の一人が叫ぶ。
振り返ると、オークの中に1体だけ全身に奇妙な模様を描いた個体が混じっていた。恐らく魔術師なのだろう。恐怖から全身の血の気が引くのが分かる。
「っ!」
後方を見ていたのが仇となり、木の根につまずいて転倒してしまう。自分の体は走っていた勢いのまま地面に叩きつけられた。
「ぐぁっ! ……た、助けて!」
だが他の兵士たちは一目散に逃げ去っていく。そんな彼らの背中めがけて、再び魔法が放たれた。
「ぐぎゃああああぁ!!!」
火球が直撃し兵士の全身が炎に包まれた。火だるまとなった彼らは絶叫しながら地面をのたうち回るが、やがてすぐに動かなくなってしまう。
絶叫が止むと、辺りは再び静寂に包まれる。
生き残っているのは自分一人だけだ。
恐怖で足がすくんで立つことができない。
いや、立てたとしても逃げ切ることは無理だろう。オーク達はもうすぐそこまで迫っていた。
「ひっ!」
オークの中でも特に目を引くのが、全身に紋様を描いた魔術師の個体。口元からは鋭い牙をのぞかせており、邪悪な表情を浮かべながらゆっくりと歩み寄ってくる。
震えながらも魔術師のオークを睨みつける。
全部あいつのせいだ。
自分たちの部隊は、奴の炎に一瞬で焼き尽くされた。
いや、自分たちだけではない。
この戦争の中で、一体どれ程の人間が魔法によって殺されてきただろうか。
オークなどの異種族と人間との間には様々な差異がある。分かりやすいもので言えば外見や身体能力、食性などだろう。だが、それら以上に決定的な違いが1つ存在するのだ。
それは……魔法を行使できるか否か。
「くそっ、何でだよ……。不公平だろ、こんなの」
涙目になりながらやり場のない怒りをぶちまける。
「なんで人間には魔法が使えない……? どうして俺達には魔術師がいないんだ!?」
人間に魔法は使えない。
子供でも知っている常識だ。
ならば、人類は滅ぼされるしかないのだろうか?
家族を守るため必死に訓練をした。みんなに安心して暮してほしいから、恐怖を押し殺して戦場に立てた。だが……
「俺の想いは……全部無駄だったのか? 俺の存在に意味なんて無かったのか……!?」
悔しさから涙が頬を伝う。
「……あっ」
見れば、オークの魔術師がこちらに手をかざしている。その醜悪な目は真っすぐ自分に向けられていた。
次の瞬間、その手から火球が放たれる。
「あぁ……」
迫りくる炎の熱量を感じ、18年間の人生が走馬灯のように頭を駆け巡る。
避けられない死を直感して目を閉じようとした……そのときだった。
「〈
突如として自分の周囲を半透明の膜のようなものが包み込む。オークの放った火球は膜に触れると跡形もなく消滅し、感じていた熱もどこかへ消え去った。
炎が消え、周囲は再び静寂と暗さに満たされる。
「……は?」
状況が呑み込めない。一体何が起きというのか。
「そこのお前、無事か?」
頭上から誰かの声が聞こえる。驚いて見上げると、そこには信じがたい光景が広がっていた。奇妙な黒いローブを纏った男が……空中に浮いているのだ。
脳の処理が追い付かない。自分は夢でも見ているのだろうか?
そう呆けている間に、男は自分の目の前に降り立った。
「フシュウゥゥ!!」
オークたちが一斉に武器を構えこちらを睨みつける。彼らの瞳に宿っているのは身の毛がよだつほどの殺意と圧倒的な敵意。あまりの威圧感に息ができない。
だが、その中でも男は平然としていた。
「うむ、良かった。怪我はないようだな」
男がこちらに振り返りって笑顔を見せる。
そのとき初めて彼の顔が見えた。
黒い髪を短く刈り揃えた青年……いや、少年と呼んでも違和感のない顔立ちであり、年齢は自分と大して変わらないだろう。長身だが背丈の割にほっそりとしており、枯れた木の枝のような頼りない印象を受ける。
しかし、その細い身体とは裏腹に、彼の表情は自信に満ち溢れていた。
「私が来たからには大丈夫だ。大船……いや、宇宙戦艦にでも乗ったつもりで座っているがいい」
うちゅうせんかん……? 聞いたことのない言葉だ。先程火球を防いだ妙な技といい、分からないことが多すぎる。
「あ、あんたは何者なんだ……?」
「フッ。よくぞ聞いてくれた!」
男は両手を広げ、漆黒のローブをばさりとはためかせる。劇で役者が見せるような芝居がかった動きだ。
そして肺一杯に空気を吸い込むと、周囲に響き渡るような声量で叫んだ。
「フゥハハハハハハッ!! 我が名はへーロス。数多の魔法を治めしマジック・エウクレイダーにして、最強の魔術師である! 前線部隊援護のため、はるばるここまで飛んできたのだァ!」
まるで何か役を演じているかのような仰々しい口調。
しかし、それ以上に『人間の魔術師』というあり得ない単語に脳が混乱する。
へーロスと名乗った男はオークを指差しながら叫んだ。
「フッ! オークどもよ、この私が来たからには覚悟するがいい! 貴様らを骨の髄まで焼き尽くし、冥府に送って……ゲホッゴホッゴホッ、オエェエ!」
むせたのだろうか。彼は突然せき込み始める。
「カァァァァ、ペッ! くっ、肝心なところでキマらないではないか! 全く、この身体はむせやすくて困る」
へーロスは痰を吐き出すと腹立たし気に叫んだ。しかし、相手にされずに侮られたと感じたのだろうか。再びオークが火球を放つのが見える。
「あ、危ない!」
だが、へーロスは慌てる素振りすら見せず火球に向けて手をかざす。すると先程と同じ半透明の膜が形成され、それに触れた火球は消滅した。
「まさか……魔法?」
信じられない。人間が魔法を使えるなどおとぎ話の世界の話だ。だが、そうでなければ目の前の現象は説明がつかない。
混乱する自分をよそに、へーロスはオークの一団を睨みつけた。
「ふぅ。だがこの身体になってよく分かった。世間はもっと高齢者を労わるべきだな。……お前達もそう思わないか、オークよ」
へーロスに気圧されたのか、あるいは魔法を無力化されたことに驚いたのか、オークたちが一斉にたじろいで後ずさりする。しかし彼らの鼻息は未だ荒く、戦意は衰えていないように見えた。
「フッ。この私とやり合おうとは大した度胸ではないか!」
そう叫ぶとへーロスはオーク達に向けて手をかざした。
「その蛮勇、冥府で後悔するがいい! 〈
前方の地面から巨大な炎の柱が吹き上がり、紅蓮の業火がオーク達を包み込む。目に刺さるような強烈な閃光が周囲を照らし、漆黒の夜空を紅く染め上げた。
「うっ!!」
まばゆい閃光に思わず目を細めるが、炎の中でオークの肉体が急速に崩れていくのが見える。先程の火球とは比較にならない熱量がここまで押し寄せてきた。
へーロスがかざしていた手を降ろすと、炎の柱は幻であったかのように消滅した。炎のあった場所には焼け焦げた木と炭化したオークの死体が転がっている。
ここまで見せられれば、もう認めるほかないだろう。
「あり得ない、人間の魔術師……?」
驚愕で空いた口が塞がらない。へーロスはそんな自分を見下ろしながら言葉を発する。
「……お前、先程こう言っていたな。『俺の存在に意味はあるのか』と」
先程までの道化じみた口調とは違う、真剣な口ぶりだった。彼の黒い瞳は真っすぐと自分の目を見つめている。
「意味のない人間など一人もいない。人は誰もが役割を持っている。……お前も私も、自らの役割を果たすのだ」
そう言う彼の目には、何か強い意思が宿っているように見えた。
「……さて、もう行かねばならん。前線の一部が突破され、そこから敵が侵入しているのだ。私がその穴を塞ぐ」
へーロスは矢継ぎ早にそう言うと、自分に背を向けて大げさな叫び声を上げる。
「名もなき兵士よ、さらばだ! 〈
叫び声と同時にへーロスの体が空中に浮きあがった。脚力による跳躍ではない。まるで見えざる力によって持ち上げられたような、そんな動きだ。
「さぁ、待っていろ皆の者ォ! フゥハハハハハハッ!」
彼は浮かび上がった勢いのまま前線の方角へと飛んでいき、その姿は木々に隠れてすぐに見えなくなる。やかましい高笑いも遠のいていった。
「……変な奴だ。でも……」
へーロスの去って行った方向を見つめながら一人呟く。
「ただ一人の魔術師、か」
頭上には満月が輝き、静かな光が自分と森を照らしていた。
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