第36話「本日は曇天」
そこでは、わいわいと二人分の声がするものだから、時男は背伸びするようにドアから覗き込む。
「ん?」
病室では孝代が、
「ゲームって、ハードウェアとソフトウェアの組み合わせで動いてるから、絶対に隙があるのよ」
旺の携帯ゲーム機を操作している孝代は、複雑に手を動かしていく。
「理屈の上では相性なんてものは存在しないんだけど、現実にはあるのよ。本当はハードを作ってるメーカとソフトを作ってるメーカが一緒だったら、その両方で調整してバグを減らしていけるんだけど、ゲームはそうはいかない」
セカンドパーティ、サードパーディが存在する以上、バグや、バグとまではいえないがプログラム上の
旺にわかるのは、ただ一つ。
「んー、強いの出る?」
ハードだソフトだといわれても分からない旺の返事に、孝代は「そうそう」と頷く。それだけ分かっていれば十分だ。
――サイコロを振って6が出るとレアアイテムが出現なんてシステムにしてたら、一回目に大量に出てくる事になるから、それは採用していないはず。
孝代は乱数を用いたプログラムの基本を心得ている。そう簡単な話ではないが、そう難しい話でもないはずと行っているのが、今の操作だ。
「ほら、出た」
孝代から携帯ゲーム機を返してもらった旺は、「おおー!」と歓声を上げた。レア武器が出たのだ。
その喜び様は、孝代から見ても微笑ましい。
「武器のひとつやふたつで何が変わる訳じゃないけど、少し楽できるでしょ」
そういいながら、孝代は
――でも、いいもんねェ。
思わず口元に笑みが浮かんでしまう。この携帯ゲーム機が旺、時男、孝代を出会わせた切っ掛けだった事は忘れられない思い出でもある。
そんな孝代の肩を、旺が「ねえねえ」と叩く。
「ん?」
目を開けて顔を向ける孝代に、旺は目をキラキラさせて、
「でんちゃんのも作って!」
もう一つ、取ってくれと携帯ゲーム機を突き出していた。
「……いいよ」
孝代は苦笑いしながら携帯ゲーム機を受け取り、もう一度、繰り返した。二度目は一度目よりは簡単にできたのだが、問題は旺に返した後だ。
「お祖父ちゃんのも作って!」
もう一度、旺は携帯ゲーム機を突き出してくる。しかし時男の名前を出されると、流石に孝代も呆れてしまう。
――いや絶対、杉本さんはゲームしないでしょ。
自分が独り占めする気だろというのは、当たらずとも遠からず、だ。
「あー」
一度、一呼吸置き、
「これ以上はタダではできんなぁ」
できる限り作ったつもりの悪い顔は、思った以上に効果的だった。
「!」
旺は目を丸くして固まったのだから。
しかし――、
「これ、僕のオヤツなんだけど……」
携帯ゲーム機を持ち替えた旺の手には、ウェハースの箱が握られていたのだった。
孝代にとっても、まさかの展開である。
――うわぁ、失敗でしょ、これ。
頭を抱えそうになる孝代だったが、そこまで黙って見ていた時男が大股に室内へと入ってきて、
「そういう事は憶えんでいい!」
旺の頭にはゲンコツが。
***
騒動後、旺を
「恥ずかしいところを見せてしまった」
しかし頭を下げるなら、孝代もそうである。
「私の方こそ、すみません。調子に乗ってました」
まるでコントのような展開に笑ってしまい、腹の傷が痛むと顔を
「そんな事よりも、事件の調査、再開ですか?」
終わっていない事は孝代も想像できている。リトルウッドを討ったとはいえ、ベクターフィールドが新たな魔王となったのだから、差し引き0だ。
「新しい魔王?」
と、自分が懸念している事を訊ねた孝代に、時男は首を横に振る。
「いや、違う。
ベクターフィールドよりもリトルウッドの契約者が危険だというのが、時男と彩子に共通した認識だ。ただ孝代が優先順位をつけるなら、律子は低い。
「あの大学生ですか?」
リトルウッドがいなければ、ただの学生ではないか。ただ可能性だけいうのならば、ひとつあるが。
「リトルウッドを斃されたから、ベクターフィールドと契約した可能性?」
ただ口にはしたものの、孝代はベクターフィールドが律子と契約した可能性は低いと考えている。理由は師である彩子と同様だ。
――自由になったっていってたベクターフィールドが、もう一度、不自由な契約に縛られる? しかも自分を見捨てたも同然の相手と?
自分に置き換えて考えると、孝代は無理だとしか思えない。ただしリトルウッドから無茶苦茶な扱いを受けていたにも関わらず、
時男もベクターフィールドと律子の関係は疑っておらず、懸念しているものは別だ。
「まだ調査して確定させなければならん事ばかりじゃが、
時男は溜息を吐くように、長く息を吐き出し、
「もしも、な――」
孝代へ向けられた時男の視線は、地獄の責め苦にも耐え抜き、必殺のタイミングを逃さなかった男らしい、有無を言わさない力があった。その力でいう事は――、
「確定したら、矢野さんに伝える。その時は、旺を連れて逃げてくれ」
協力しろではなく、逃げろ。
それが時男をして、「生霊という言葉だけ覚えていろ」としかいわない理由でもある。
しかし孝代は面食らう。
「え、でも……」
言い
しかし時男は、だからこそ、と思う。
「それだけじゃよ」
時男はそれ以上、何もいわずに背を向けたのだった。
「生霊……?」
病室に残された孝代は、首を傾げさせられるばかり。イメージするのは、生きている人間から抜け出した霊であり、それが魔王ほど危険な響きを伴っていない事だけだった。
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