第3話

葬儀屋の仕事は私にとって天職だった。たまに運ばれてくる若い女性の"おかず"を思い出しては夜な夜な一人、遊んでいた。


今日はハズレの日だ。まだ小さな赤ん坊が棺に入れられていた。

仕事のために棺のある場所へ向かうと先約がいた。あれは、確か、そう、先輩の鈴木さん…だったか。


「何をされているんですか?」

鈴木はビクリと肩をあげてこちらを振り返った。

「赤ちゃんに絵本を呼んであげていたのよ。遺族もちょうど打ち合わせのために退室したタイミングだったから。赤ちゃん一人だと寂しいかと思って」

「優しいですね。私にはそんな気遣いはできないな。鈴木さんはお子さんいらっしゃるんでしたっけ?」

「…今の時代にその発言はまずいと思わないのかな?」

私からした、鈴木への何気ない質問はおもい切り地雷を踏んでしまったようだ。

「すみません。あまりにも赤ちゃんに絵本読む姿が素敵で自然だったもので」

「…欲しかったのよ。私、最近離婚したの。ねぇ。失礼な質問した罰として男について聞いてもいいかしら」

「…何でしょうか」

「この子の前じゃ話せないようなことだから、仕事終わりに駅前の居酒屋に行きましょ。約束だから守りなさいよ!」

一方的に約束をして鈴木はまた絵本を読み始めた。


どうやら私はバツイチ女性に絡まれる体質のようだ…

一般的には都会と言われているこの駅前も、なぜだか夜は蛍光灯の灯りだけでは物足りない。

約束した居酒屋へ二人で入り、ビールを二つ注文した。

「じゃあ昼間の話の続き。愚痴っぽくなるかもしれないけれど、付き合ってもらうわよ」

「私でよければどうぞ」

「…私、子供が欲しかったのよ」

すごい剣幕で話し始めていたのに鈴木はいきなり弱々しくなり、ポツリ、ポツリと話し始めた。

「だから排卵日を元夫に言うのが日課になっていったのよ。それなのに今日は疲れてるだのなんだので避けるようになってね、そのうち子作りじゃない普通のスキンシップすらしなくなっていったのよ。正確に言えばできなくなった…のよ。それで揉めたら、お前の色気が無いだの、太ったからだの私のせいにしてきたのよ。私はただ子供が欲しくて言ってただけなのに、出来ないのは全部私のせいなのよ。悔しくてジム行って、腹筋が割れるほどのスタイルになったわ。でもダメだった。愛が無いからできないのでしょ?って聞いたら愛はあるしずっと一緒にいたいって言うの。じゃあ病院行って治療する?って言ったらまた喧嘩。そんなに私に魅力が無いのかと思ってね、思いきって若い男の子ナンパしたのよ。そしたらお姉さんは綺麗だよって。普通に出来たわ。でもそれがバレてね、元夫がヒステリーおこして殴られてそこからは記憶がなくなった。目が覚めてから離婚届書いて置いて出てきたの。確認したら受理されていたわ。ねぇ、私おかしい?愛があれば子作り出来たしこんなことにはならなかったわよね?私が悪い所何かあったかしら?」

私としては胸が痛い話ばかりだ。セクハラを訴えるのは寧ろ私の方かもしれない。

「…私個人の考えを話すと鈴木さんは全く男という生物を理解していないんですよ。女は愛情でセックスする、男は性欲でセックスする生き物だってほとんどが言うでしょう。男は愛が有っても無くても出きる。だから無数のAVが出回っているし、今の時代でも強姦事件は後を絶たない。でも、人間なのだからすべての人に当てはまるわけでもない。鈴木さんにとっては理解できない内容になるかもしれませんけれども。知り合いの話をしましょう。知り合いの男は、相手は本当に気持ちよくななっているのか、相手から自分のテクニックはどう思われてるのかを気にしすぎてプレッシャーに負けて出来なくなった。愛しているから大切だからこそ、相手を気持ちよくしなきゃという男のプライドと自分が果てなきゃ相手に失礼だというプレッシャーに押し潰されて全く反応しなくなったらしいです。子供をつくるためにはそういう行為をしなければだめですからね、それ事態がプレッシャーになる事もあるのですよ、男にとってはね。でも男のプライドが邪魔をして、魅力的じゃないのが悪いだのと言い訳を言うのですよ。男にとってそれは本心じゃない。だから言ったことすら忘れているかもしれません。女性の場合は愛されている証拠が欲しいからセックスする。その行為自体が愛の証拠だととらえる人が多いのでしょう。これが男と女の愛の感じかたの違いかもしれません。」

「そんなの、男の勝手じゃない。何がプライドだの、プレッシャーだのよ。分かり合えないわ」

「…この話を理解しようとしないのであれば、もしも鈴木さんが一妻多夫制の国に行ったとしても鈴木さんはきっと多くの夫を傷つける事になると思いますよ」

「フフ…」

「…どうしました?」

「お酒も届いていないのに、こんな酔っぱらった後にしか話せない内容を話しちゃうなんて私たち端からみたらかなりの変人よね。しかも会社で会ったのも数回程度でちゃんと話をしたこともない二人なのに。そう思ったらなぜか笑ってしまったわ。」

タイミングよくビールが届いた。

「じゃあ、乾杯。」

「乾杯」


「…ねぇ、私って本当に魅力ある?」

あれからかなりの量のお酒を二人で飲んだ。こんなに酔っ払ったのは私も久しぶりであった。

酔っ払った鈴木がふにゃりと身体をくねらせて机に項垂れた。

「ええ、私より三個も年上と知って驚きましたよ。スタイルもいいし、顔も若い。充分に魅力的ですね」

「じゃあ、あんた、アタシとぉ…できる?」

充血して潤んだ瞳で私を見つめ、答えは一つしかないわよ、と顔で訴えている。

ため息をついて私はこう答えるしかなかった。

「…私、実はEDなんですよ。」

とたんに項垂れていた頭をガバリと上げ、鈴木は目を丸くして見つめた。

「性癖があまりに特殊なものでね、それこそ絶対に鈴木さんには理解出来ないものですよ。昔、どうしても打破したくて、薬をキメてしてみた事もあるんです。でも、性癖が邪魔してね、気持ちよさがあまり分からなかったのですよ。」

「…酔いすぎたのかな?いや、覚めたのか?え、私、何か物凄いこと一気に暴露され過ぎて脳が追い付かないけど…まあいいや、その、聞かなかった事にしておく」

「そうして下さい。私も酔いすぎました。」

「ハハハ…何だかとても不思議なの、こんなに噛み合わない貴方と、もっと一緒に居たいと思ってしまうなんて…ねぇ、私達、付き合わない?」

「ええ、お願いします。なかなか面白い事になりそうで楽しみですよ」

「ハハハ…」

「ハハハ…」

何が面白いのか、さっぱり分からなかったが、お互いに笑いあって、楽しいと思える瞬間がそこにあった。

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