第2話

どのくらいの時間が経ったのだろうか。止まらない興奮が時間が経つのを忘れさせていた。


ホテルの電話がなって我に返った。気がつくと退室時間になっていた。

無理やりスーツケースに遺体を捩じ込み、さも平然と、無表情でホテルを出た。


この地域には詳しくないが、女が話していた自殺名所の崖の話を思い出した。カーナビに目的地を入力し車を走らせた。まだ夜中。都会なら防犯カメラやドライブレコーダーなんかでしっかりと足取りが分かるだろう。しかし観光名所と言っておきながら林の中を通る道、隠しカメラもこんな場所には設置していないだろう。真夜中なので車もない。まして自殺名所なら、離婚したばかりの女が自殺した、と考えてくれるかもしれない。携帯も止められたから持ち歩いてないと話していた。そう、女が全てのヒントをくれていたのだ。

私はそのまま遺体を海に放り投げた。後は田舎の警察が無能であることを願うばかりだ。


東京に戻ってきてからの行動は早かった。

十年勤めた大手企業であったが未練はなかった。それよりもあの燃え上がるような、異様な興奮をもう一度味わいたかった。私は遺体に触れる仕事を探した。意外とすぐに葬儀屋の仕事を見つけることができた。遺体は美しい。あの時のあの美しいものを思い出すたびに興奮が甦る。

みおと名乗っていた女のニュースは三週間後に流れてきた。

「今日未明、遺体が海に浮いていると地元の漁師から110番通報があり、警察が身元の確認を急いでいます。警察は事件と事故の両方で捜査を進めていますが、遺体は腐敗が進んでおり、捜査は難航しています。」

…みつかった。しかし時間が経っている。すぐに遺体が見つかっていたら私はきっと逮捕されていただろう。自殺と他殺では遺体の浮きかたが違う。腐敗が進んでいるならバレない可能性もある。私はただ、私が犯人であると気がつかれない事を祈ることしか出来なかった。


彼女の捜索願が出されはのは一年半後だった。彼女の住むアパートの管理人からの通報であった。離婚するかわりに彼女が住んでいたアパートの費用を一年間分、元旦那が支払うように彼女が頼んでいたらしい。浮気された上に家賃を払えと言われて離婚した元旦那の行動を私は理解できないが、お金を払ってでも元旦那は女から離れたかったのだろう。そこから半年家賃滞納しており、女を探していたが一向に帰って来る気配も無いため通報したとの事だ。

それにしても元旦那は非情だ。離婚してからこんなにも長い間行方が分からなくても構わないものなのか…いや、非情などではない。愛が深ければ深いほどに、愛する人の裏切りは罪なものになるだろう。きっと、あの女に"死んでもらいたい"という負の感情が沸き上がっていたに違わない。つまりは…


私はあの女の元旦那にとってヒーローなのだ。


私はこう思い込んだとき、自分の中の罪悪感がなくなり開放された。

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