異常者のあれやこれや

三木 和

第1話

空調の音がボーッと響いているが他に音はない。ここは刑事ドラマでよく見る取調室の中で、二人の刑事が私の返事を待っている。私もまたボーッとしている、といった表現がピタリと合う表情をして、椅子の背もたれに寄りかかり、天井を見ていた。それからポツリポツリと小さく口を開いて話し出した。

「私は異常者です。この件に関しては、私が異常者になるまでの経過を話さなくてはなりません…」



その夜は新月だった。

出張で北海道の田舎やってきた。新千歳空港からレンタカーに乗って三時間程走らせただろうか。途中、森に迷い混んだのではないかという道を進み不安で仕方がなかったが、突然景色が変わり町の風景が広がった。そこそこ整備されており気分が上がった。近くには海があり、都会に住む人間としては心が浄化されたような気分になれた。

営業先と取引を終えて外に出た。意外と長い時間話をしていたようだ。辺りは暗く静まりかえっている。一息つくため、その地域の飲み屋街と言われている場所に行った。しかし、田舎なもので飲み屋街とは名ばかりで開いている店なんて三店舗しかななかった。

「仕方ないか」

長距離の移動で疲れはてた私は開いている店の中で一番近くのbarに入ることにした。

「いらっしゃいませ。お一人様ですか。こちらへどうぞ」

決まり文句の後に案内されたのはカウンター席であった。外はあんなに寂れていたのに中に入るとそれなりに客が入っている。

「おすすめのカクテルを…」

メニューすら見る気力が残っておらず、マスターに丸投げした。

「ラッキー!イケメンのお兄さんが隣に来てくれたー!おしゃべりしようよー」

隣に人が座っていることを気にしていなかったが隣は若い女性だったようだ。よく見ると手元にはリストカットの痕がある。風貌も流行りの地雷系女子そのもの。かなりのやせ形で身長も150cm無いのではなかろうか。しかし化粧が濃いので存在感はかなりのものである。

「…そうですね。隣に座ったのも何かの縁ですし。それに、こんなに綺麗な女性とお話出きるなんて嬉しいなぁ。」

出張で北海道まで来ているのだ。おもちかえり出来るチャンスがあるなら逃すわけはない。

このタイプの女は承認欲求を満たしてくれる男を探しているだろうから、相づちや返事はすべて肯定的にすればいい。否定的な答えをせず、話を聞き出し、肯定する。そうすれば向こうから好意をもたれるだろう。

「素敵な女性とか、みお嬉しい。お兄さんここら辺の人じゃないっしょ?スーツ着てるなんて目立ってる。ここら辺の男はダサいのばっかで最悪だよ。」

どうやらこの女の名前は みお らしい。

「出張で東京から来たんだ。海があって素敵な場所ですよね。」

「んー、確かに海はあるけど汚いよ。この地域は高低差激しくて、崖があってね。一応観光名所なんだけど、自殺の名所になりかけてるよ。」

「そうなんだ。それはもったいないね。…次はみおさんの話を聞きたいな。」

「えっ!名前!あ、自分で言っちゃったのかぁ。名前呼んでくれて嬉しいー!ここら辺の人じゃないなら、ちょっといっぱい話聞いてくれます?ここら辺の人だと田舎だからすぐに噂広まるからさぁ。」

「私でよければどうぞ。聞きますよ。」

「ありがとう。みお、実はバツイチなの。みおの浮気がバレてね、旦那に捨てられたってわけ。ただ優しいだけでつまらない男だったのよ。しかもエッチ下手でさ、肉体的な満足を他の男に求めただけなのに。田舎だから一瞬で浮気の噂広ってさ、それが親にもバレて、今さっき親にも見捨てられてきた所。友達もいないし、仕事も結婚したときに辞めたから頼れる人誰もいないの。一文無しよ。携帯代金すら払えなくて止められてるのよ。最後のお金くらいパーっと使いたくてさ、今日のお酒って訳よ。この後はホームレス決定。あーあ、死にたくなってきたぁ。」

「浮気のなんてされる側にも問題があるのに。みおさんは悪くないよ。でも、みおさんの状況だと死にたい気持ちになるよね。」

浮気は嫌いだ。自分勝手な言い訳をするこの女にもこの会話だけで嫌悪感しかない。だが、私もその肉体的な満足とやらが欲しいので話を合わせる事にした。

「えーお兄さん分かってくれるの?嬉しいー」

女は腕に抱きついてきた。やせ形だが胸はありそうだ。

そのまましばらく酒を飲み、店をでてホテルに向かった。


お互いにシャワーを浴びて、女がベッドで横になっていた。

私もベッドに入り、女の体を弄った。

そろそろか、という時。

飲みすぎたのか、出張疲れなのか…


自身がまったくもって反応を示さないのだ。しばらく固まっていると女が笑いながら、そう、バカにした顔で言ってきたのだ。


「えっ、お兄さん、おもちかえりしておきながら出来ないとかヤバくない?最悪ー。ダサすぎー…」

私は男のプライドを傷つけるには充分すぎるその言葉で一瞬にして頭に血が上がった。

勢いのまま枕元にあった硝子製の灰皿で女の頭部を殴り付けた。

当たり所が悪かった。女は死んだ。

徐々に青白く精気を感じなくなる顔。動かない四肢…。


ドッドッドッド…


心臓の音が耳まで聞こえる様だった。頸動脈も波打っているのがわかる。肩で大きく息をしていて自分の息の音がうるさい。

青白くなる顔、動かない女の身体を見た時。自分の身体の異変に気がついた。あれほど反応しなかった自身が、今だかつてないほどに興奮しており、果てていた。それでも尚、興奮が収まらなかった。

死んだ女、それを見つめて興奮する男。

ラブホテルに流れる流行りのJ-POPがその場の違和感を増長させた。

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