11 事情聴取
大神警視がラナを呼び、細々と指示を出し、その後エリスに手引きさせこっそりと警護騎士団長と面談を果たした頃には、既に陽がおちかけていた。早朝に出発し、朝一で朝食をとり、買い物をして、スリを捕まえて戻ってきたのが十四時頃。なんとも慌ただしい一日だが、まだまだ終わりそうもない。
護衛騎士団長が面談場所とした図書室を出て行ったあと、スリの子どもたちについていたモリー夫人から、ふたりが目を覚ましたと報告を受けた。
西棟の二階、三階は家主一家のための部屋ばかりなのだが、そのうちの空いている部屋に運び込まれ、温かいポリッジを与えられた少年少女は、大分顔色が良くなったようだ。今は何がなんだか解らない、という顔でベッドの上に縮こまっている。
人払いをしたが、エリスは同席すると言って聞かなかったので、部屋にいるのは少年少女と、大神警視、僕、エリスの五名だ。
大人が三人寝転んでも余裕のあるベッドの中央で、身を寄せ合って固まっている子ども達は、明らかにこちらを警戒していた。
寝ている間に身体を拭かれたのか、風呂に入れられたのか、薄汚れていた肌は綺麗になっていたが、痩せこけた身体が服の中で泳いでいる。彼らが着ている寝間着は、恐らくディアナ嬢がもう少し小さかった頃に着ていたものだろう。
「……なんのつもりだよ」
「はじめまして、私はディアナ・グレイス・グローリア。隣に居るのはケイン・グローリア。私の弟です」
「は」
す、と室内用ドレスの裾をつまんで、教本通りのカーテシーで挨拶をかました大神警視は、僕から見ると立派な淑女だった。まだ六歳でこれなら十分なのではないか? いや、プロから見たら及第点ではないのかもしれないけれど。
ひとまず淑女の顔でこの場は通すことにしたらしい警視に会わせて、僕も教本に書いていた通りに、右手を胸に、左手を腰の後ろで軽く握りこんで会釈した。貴族男性の挨拶だが、それを受けた子ども達は驚き口をあんぐりあけている。
まさか自分たちがスリを働こうとした相手が、領主の家の子どもだとは思っていなかったのだろう。
「あなた方のお名前は?」
「…………レオ」
「……アン、です」
「レオにアン。聞きたいことがあります。正直に答えてください。いつもあのようなことを?」
「…………悪いかよ」
ディアナの不思議な光彩をした群青の瞳にじっと見つめられ、レオもアンもうつむいてしまった。吐き捨てるようにつぶやかれた言葉は、悪びれていないというよりも、ただの虚勢のようだ。
ふたりとも震えていて、アンはレオの腕にしがみついている。この子達は、兄妹なのだろうか。なんとなく、面立ちが似ていた。
「か、金持ちからはうばってもいいんだ! 金持ちはオイラたちからいつもうばってるんだからっ! 怪盗アルビオンだってそういってる!」
「怪盗アルビオン?」
「あー、確か、金持ちを専門で狙ってる怪盗です。殺しはせずに、貴族や大商家ばかり狙うので庶民に人気があるんです」
と、いう設定の謎の人物だ。攻略対象ではなかったけれど、どのルートでも一度か二度は姿を現すから、隠し攻略キャラじゃないかと噂になっていたはずである。
「くだらない。誰を狙おうが盗人は盗人。犯罪を正当化するにももう少しまともな理屈をこねて欲しいものですね」
「なっ! アルビオンをバカに……っ」
「皇国法第三十二条、窃盗を禁ず。何人も他者の持ち物を不当に奪ってはならない。これに反する者は貴賤の別なく、鞭打ち百回または十年の懲役に処すこと。相応の罰金を用意せしものは適宜減刑に応ず。――貴族も庶民も、皇族ですら例外ではありません」
「で、でも、金持ちはゆるしてもらえるんだろ!?」
「罰金を払えば減刑はされるけれど罰せられた記録は残ります。無罪放免ではない――法が施かれている国であるならば、そうでなくてはならない」
「……な、なにいってんのか、むずかしくてわかんねぇよ……」
「あなたも私も、この国で生きていくのなら、守らなくてはいけない決まりがあるということです。誰かのものを盗めば、私も鞭打ち百回か、十年監獄に入れられるか、罰金を支払うかしないといけない。アルビオンとやらも同じことです」
法律には、社会秩序の維持だけでなく、権力の抑止や、個人の権利の保護という側面もある。もちろんこれはその国、その時代の背景が大きく影響するものだから、僕らの世界の近代法の概念をそのまま当てはめることはできないだろう。
けれど、その法がきちんと機能しているのか、監督する者が腐敗していないか、そういった問題はどこの世界、どの時代でもあることだ。この国の下層民が法を軽視するのは、そうしないと生きていけないことに加え、上の人間がそれを守っていないと思っているからだろうか。いや、そもそも……。
「……あたしたち、百回ぶたれるの?」
「だって……、オイラだって、ものとりが悪いことだってしってる! だけど、親もいないガキに、しごとなんてないし……っ!」
盗みの罪状がどのようなものか、もしかするとこの子ども達は知らなかったのかもしれない。法律の知識を庶民が得られるような世界には思えないから、それも不思議ではなかった。
ようやく自分たちの立場の悪さを理解したようで、真っ青な顔でぶるぶると震えて、子ども達は窮状を訴えてくる。
続く凶作のせいで、年貢を払えず両親は村を逃げ出して領都へ流れてきたこと。わずかな食料を子ども達に与えていたため、門をくぐってすぐに両親は死んだこと。ふたつある孤児院のうち、神殿ではなく辺境伯家が運営する孤児院に入ったこと。
最初は食事ももらえていたが、ここ一ヶ月はまともなものを食べられず、この三日はなにも食べていないこと。
自分たちの面倒をよく見てくれた、シシーが居なくなってしまって、金が必要になったこと。
物乞いをしたり、仕事をもらえないか町中を駆け回ったけど、誰も相手にしてくれなかったこと。
そんなとき、孤児院に良く出入りする男が上手いやり方があると教えてくれたこと。
見るからに裕福そうな連中がいたから、教えてもらった作戦を実行したこと……。
「それじゃあ、今日が初めて?」
「せいこうしてたら、とっくになにか食ってる」
僕の問いに、レオは悔しそうに口をへの字に曲げた。何か食べて力をつけていれば、あんなに簡単に捕まっていなかったとでも思っているのかもしれない。この子、なかなか負けず嫌いだな?
「……何故、シシーという子が孤児院からいなくなったことで、お金が必要になったのですか」
「あのね、シシーだけじゃないの。たまにね、きゅうにいなくなる子がいるの」
「……院長は、よそにうつったっていうんだ。でもウソなんだよ。だって、ブランの兄貴も、サンディも、よなかにいきなりいなくなったんだ。シシーだってそうだ。だから変だって、けんぺいにさがしてもらおうっていったら、金貨がいるって……」
「ちょっと待って! 憲兵にシシーをさがして貰うのに、金貨がいると、そう言われたのかい?」
「そ、そうだよ。十枚はいるって。でも、金貨なんてオイラ、見たこともねぇ……」
「シシーね、村がまじゅうにおそわれて、逃げてきたんだって。いくところないって。だからあたしたちとずっといっしょだってやくそくしたの。かってにいなくなったりしないもん……っ」
ぼろぼろと泣き出した子ども達を前に、僕は絶句した。
ただ食い詰めて盗みを働いたのかと思っていたが、その裏に確実に大きな問題が潜んでいる。
貧困と犯罪は切っても切れないものであるが、彼らのいる孤児院は、神殿でなくグローリア辺境伯家の寄付で成り立っている場所だ。辺境伯家としては知らぬ振りはできない。
ましてや、孤児院に出入りする者が、犯罪をそそのかしたとあっては。
「……本当なら、私はあなた達を憲兵に引き渡さなくてはなりません」
「……っ」
「食べるのにも困っていたから、孤児であるから。そのような理由で悪いことをした人を見逃せば、同じ辛い思いをしていても、悪さをせず耐えた者が報われないでしょう」
きっぱりとした大神警視の言葉に、言わんとすることを察したのだろう。レオもアンも嗚咽を呑み込みこくりと頷いた。
「……ご、ごめんなさい……」
「わるいこと、しました。ごめんなさい……」
「ええ。そうですね。だから無罪放免にはできません。ですがあなたたちが辛い思いをしていることには、私の父の責任もありましょう。ですから、幸いにも未遂であったということで、憲兵に引き渡さず、私の手伝いをしてもらいます」
「て……つだい?」
きょとんとする子ども達の手を片方ずつ取って、大神警視はにっこりと微笑んだ。
それは最初こそ慈愛に満ちた微笑みであったけれども。
「――より罪深い者をあぶり出す手伝いですよ」
ワントーン低い声でそうつぶやいたその瞬間だけ、まったく目が笑っていなかった。
……警視、子ども達が怯えてますよ。
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