君ってさ
「君ってさ真っ白だよね。」
日向さんは唐突にそう言い放った。彼女は華奢な体を堤防に乗せて、相変わらず今朝の快晴のような青いガラス瓶を手でもてあそんでいた。
「は?」
僕は素っ頓狂な声を上げた。
日向さんは僕の不可解を感じ取ってか、堤防から投げ出した白い足をゆらゆらとさせながらキラキラとしたビー玉のような目で僕を見た。
「いやだから、葵君は学生でまっさらな将来があっていいなって意味で。」
僕は眉を寄せた。
「夏の日差しに当たりすぎて頭おかしくなったんですか。」
「酷いなあ。そんなこと言うと私もうここに来なくなっちゃうかもよ。」
「その方がいいかもしれないですよ。ハローワークとか行ったらどうですか。二十五歳にして無職って割と笑えないですよね。」
日差しよりも鋭い僕の言葉に日向さんはぷいっとそっぽを向いてサイダーをまた一口含んだ。味わうように目をつぶり、「葵くんは厳しいな。」と小さくつぶやいた。
頬から滴り落ちる汗が片手に持っていた真新しい参考書の白い紙に染みを作った。
今のはさすがに言い過ぎたかな。
「将来を考えるのに学生とか関係ないと思いますよ。」
僕の真剣な回答に日向さんは「えー。君も大人だね。」と失礼なことに意外そうな声を上げたので、僕は元々さして表情の良くない顔をさらにしかめた。
日向さんはそれを見てふっと口角を上げると、茶色く透けた目をまた海へと戻した。
日向さんはこうやって僕をからかってるんだ。わかっていてもうまく乗せられたと思うと夏の暑さも相まってさらに気分が悪くなった。
「ていうか日向さんもフリーターって意味では将来まっさらですよね。お先真っ白ですよね。何でもできるじゃないですか。」
そう言うと日向さんは白い指を突き出して「わかってないな」というように大げさに横に振った。
「無職の大人=自由っていう方程式は必ずしも成り立つとは限らないのよ、少年。どんな大人でも自由っていうのは難しいのよ。」
「それならこの受験地獄から解放されて自由になるために十七歳の夏をやりたくもない勉強ばっかりして無駄づかいしてる僕の努力は無意味ってことですか。僕も青春したいんですけど。」
日向さんは吹き出した。
「葵くんに一緒に青春するような友達恋人いるの?」
失礼な!
日向さんはおどけてそういったが、的を射た無礼千万な発言に腹が立ったので無視しておくことにした。
彼女はひとしきり笑うとまた僕の目を見た。
「まあ大学に行くことが人生の全てじゃないしさ。自分のやりたいことやりなよ。」
僕はそっぽを向いて呟いた。
「それは単純でいて難しいことですね。」
「そろそろ僕は塾があるので帰ります。」
日向さんは「またね。」と潮風に柔らかな髪を揺らした。
日向さんと初めて出会ったのも今日のような快晴だった。
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